昔はできたことを今できない日本人

半世紀前の1950年に川崎製鉄(現JFEスチール)が千葉に製鉄所を建設すると発表したとき、多くの人が、その計画を無謀で常識はずれのものと考えた。

第1に、当時の日本の製造業は、繊維や雑貨などの軽工業が中心であり、大規模な新鋭製鉄所を作っても稼働率は確保できないと考えられていた。この計画に反対した日本銀行の一萬田尚登総裁が「製鉄所にペンペン草を生やしてみせる」と言ったのは、ごく普通の反応だったのである。

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