円安にもかかわらず過去最大の貿易赤字

2013年度上半期の貿易収支は4兆9892億円の赤字となり、年度半期ベースで過去最大を更新した。9月の貿易赤字は、1兆円に近づいた。このペースが続けば、年間10兆円を超す赤字となる。

リーマンショック前には、日本の貿易収支は、年間10兆円ないしはそれ以上の黒字だった。それがほぼ同額の赤字に転じたわけだ。このことの意味は大きい。

赤字拡大の原因は、後述のように、中期的には鉱物性燃料の輸入増加である。しかし、この1年程度を取れば、輸出の伸び悩みの影響が大きい。

13年度上半期の輸出は35兆3199億円で、対前年比9.8%の増加だ。ただし、これは、円安によって円表示の価格が上昇した結果である。数量指数の対前年比は1.3%の減少だ。9月の輸出の対前年同月比は11.5%の増加だが、数量指数は3ヵ月ぶりの減少になった。つまり、円安下であるにもかかわらず、輸出数量が落ち込んでいるのである。

金融緩和で期待されるのは円安である。そして、円安で当然期待されるのは、輸出の拡大と貿易黒字の拡大である。それが経済活動を拡大させる。ところが、それが起こっていないのである。これは、アベノミクスが実体経済を改善していないことを示す最も重要な証拠の一つだ。

Jカーブ効果では理解できない現象

「円安が進んでも、Jカーブ効果が働くため、貿易収支は当初は悪化する。しかし、しばらくすると輸出も増え、貿易収支は改善する」とこれまで言われてきた。内閣府も、4月のレポートの中で、「当初は輸入価格の上昇が赤字拡大に寄与するものの、輸出数量の押し上げ効果が次第に高まり、13年8月に貿易収支の赤字縮小に寄与すると見込まれる」としていた。しかし、実際には、すでに見たように、赤字はむしろ拡大しているわけだ。

ここで、Jカーブ効果について説明しよう。これは、為替が減価した直後は貿易赤字が拡大するが、時間の経過とともに赤字が減少し、黒字に転じる現象を指す。仮に輸出、輸入が為替レートの変動に対して同じ反応を示すとすれば、こうした現象は起きない。これは、輸出と輸入の為替変動に対する反応が異なることにより生じるものだ。

これは、オイルショック後のイギリスで最初に指摘された現象だ。ポンドを切り下げたにもかかわらず、貿易赤字が拡大したのである。その理由として、次のような説明がなされた。イギリスの輸入はドル建てであるのに対して、輸出はポンド建てで表示されている。いま短期的には、輸出入の数量は、価格変化に硬直的であるとしよう。ポンドが下落すると、輸入は数量とドル建て価格が不変なので、ポンド建ての輸入額が増大する。他方で、輸出は数量とポンド建て価格が不変なので、ポンド建ての輸出額は不変である。このため、ポンド下落により貿易収支が悪化する。しかし、輸出のドル建て価格は低下するので、時間がたつと輸出数量が増加する。したがって、貿易収支は改善する。そして、十分時間がたてば、貿易収支は黒字になる。このように、イギリスの場合にJカーブ効果が生じるのは、輸出がポンド建てで輸入がドル建てという非対称性にある。

日本の場合には、輸出の外貨建て契約比率が約6割で、輸入の外貨建て契約比率が約8割である。1次近似として輸出も輸入もすべてドル建てであると考えると、次のようになる。

円安になったとき、短期的に輸出量も輸入量も不変であるとすれば、輸出額も輸入額も同率で増加する。そして、輸入額が輸出額より大きいので、貿易赤字が拡大する。これが、今回の円安期においても、実際に起こったことである。

中長期的にはどうか。エネルギー財をはじめとして多くの輸入品は、国際市場で価格がドル建てで決まっている。そこで、ドル建て価格は変わらないと考えることができる。円建ての輸入価格は上昇し、価格弾力性がゼロでなければ、輸入数量は減少する。

輸出についてのポイントは、日本の輸出業者は、円安下でドル建て価格を引き下げる行動を取るかどうかだ。仮にドル建て価格を引き下げ、そして輸出の価格弾力性がゼロでなければ、輸出数量は増加する。この場合に貿易収支がどう変化するかは、「マーシヤル・フーナー」条件として定式化されている。時間がたてば収支が改善することはあり得る。

しかし、日本の輸出業者はドル建て価格を引き下げていないと考えられる。リーマンショック前の円安期にもそうであったし、今回も同じ行動を取っているようである。実際、輸出企業の輸出売上高は、ほぼ円安率に比例して増加している。したがって、相手国の経済情勢が変わらなければ、輸出数量は不変で、円建ての輸入額だけが増加する。

結局のところ、日本の貿易収支の状況は、Jカーブの理論で理解できるようなものではないのだ。

金融政策では対処できない構造問題

10年ごろ以降の状況を見ると、輸出はほぼ一定の範囲で変動しているのに対して、輸入が傾向的に増大している。したがって、赤字を拡大させた主要な原因は、中期的に見れば輸入の増加である。

これは、リーマンショック前から続いている現象で、鉱物性燃料の輸入増加によってもたらされた。輸入はりIマンショックで大きく落ち込んだが、その後傾向的に増大している。ここでは、東日本大震災によって発電が火力にシフトしたことの影響が見られる。これによって、10年ごろには黒字だった貿易収支が11年に2.6兆円の赤字になったのである。しかし、12年以降に赤字が拡大したのは、輸出が落ち込んだことの影響が大きい(この詳細は、『ダイヤモンド・オンライン』の「日銀が引き金を引く日本崩壊」を参照)。

結局のところ、貿易赤字拡大は、Jカーブ効果によるのではなく、次のような要因による。

第1に輸出の伸び悩みは、世界経済の停滞のためだ。特に中国経済停滞の影響が大きい。これは、簡単には回復しないだろう。また、生産の海外移転、部品生産の現地化の影響も生じ始めた。これも逆戻りできない構造的な変化だ。

第2に、輸入が増えているのは、鉱物性燃料の中長期的な価格上昇と、発電の火力シフトによる。これも簡単には元に戻らない。

このように、貿易赤字は構造的なのである。日本経済は、金融緩和では解決できない問題に直面していることになる。

昨年秋以来の円安は、輸出企業の利益を増加させて株価を上昇させた。しかし、半面では生産コストを引き上げ、また消費者物価の上昇を通じて家計を圧迫し始めている。他方で、賃金は上昇せず、設備投資も増えない。そして、上で見たように貿易赤字が拡大しているのである。

このように、アベノミクスは実体経済を改善する力を持っておらず、むしろ日本経済を悪化させているのだ。金融緩和政策や財政拡大は、時間稼ぎにもなっていない。

しかし、株価上昇に幻惑された人々は、経済の深刻な問題から目をそらされている。輸出産業に代わる新しい産業を構築する必要性は、急務になった。それなくして、国内の雇用・賃金条件の改善、設備投資の増大はあり得ない。

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