内部留保を使うには法人税の増税が必要

安倍晋三政権は、法人税を減税することで経済の好循環を始動させようとしている。法人税を減税すると、企業が内部留保を賃金や設備投資に用いる。それが経済の好循環をつくるというのである。

しかし、この方法では、賃金も設備投資も増えないことを前回述べた。以下では、このことをいま少し詳しく説明したい。

前記のメカニズムが働くと主張する人は、企業の内部留保という資金プールがまず最初にあり、企業はそこから賃金や投資を支払うと考えているようだ。つまり、賃金や設備投資は、企業利益の分配だというわけである。法人税を減税すれば企業に残る内部留保が増え、分配できる総資金が増えるから、賃金や投資が増えると考えられているのだろう。

しかし、この認識は完全に誤っている。事態は、まったく逆である。

賃金について見ると、売り上げから原価を引いたものが利益であり、賃金は原価に含まれている。利益から賃金が支払われるのではなく、賃金を支払った後に利益が残るのである。

雇用や賃金がどの水準になるかは、労働の限界生産力で決まる。企業は、労働の限界生産力が賃金に等しくなるように雇用や賃金を決める。労働の限界生産力とは、雇用を1単位増やしたときの売り上げの増加だから、雇用量や技術を一定とすれば、売り上げが伸びなければ増えない。売り上げが伸びない状態で賃金を引き上げれば、その企業の利益は減り、やがてはつぶれてしまう。そうした決定は、不合理な決定なのだ。

ところが、日銀短観を見ると、高賃金産業である製造業での人員は過剰だ。すなわち、9月調査における雇用人員判断(「過剰」-「不足」)は、全産業は▲5だが、製造業は5である。前回述べたように、高賃金産業である製造業の雇用が減るから経済全体の賃金が低下するのだ。

投資のコストは、毎年、減価償却という形で原価に計上される。借り入れで資金が調達された場合には、支払利子を費用になる。投資がどの水準になるかは、投資の限界生産力で決まる。企業は、投資の限界生産力が資金コストに等しくなるように投資を決める。だから、売り上げが増えなければ、投資は増えない。日銀短観を見ると、設備は過剰だ。すなわち、生産・営業用設備判断(「過剰」-「不足」)は、全産業が3で、製造業が10である。こうした状況で、投資が増えるはずはない。

基本指標である売上高は金融緩和下でも増えていない

以上で見たように、賃金も投資も、基本的には売り上げで決まる。売り上げこそが、企業活動の基本的な変数である。

ところが、売上高は増えていないのだ。法人企業統計によって全産業の売上高の中期的な推移を見ると、2008年1~3月期には四半期で390兆円程度だった。それがリーマンショックで落ち込んだ。その後350兆円程度まで回復したが、10年10~12月期がピークで、その後は徐々に低下しているのである。13年4~6月期は312兆円だが、これは、09年7~9月期以降で最低の水準だ。製造業の場合には、13年4~6月期の売上高は、リーマンショック後のピークである10年10~12月期に比べると、13.4%ほど少ない。

短期的な動きを見るために、4~6月期を1~3月期と比べると、全産業では4.6%の減、製造業では5.6%の減、非製造業では4.2%の減だ。例年4~6月期は1~3月期に比べて減少する傾向がある。しかし、それを補正した季節調整済み計数で見ても、4~6月期の売上高の対前期比は、全産業で0.6%増と微増であり、製造業は1.0%減だ。

4~6月期は、異次元金融緩和が導入された時期だ。これによって日本経済が回復していると考えている人が多いのだが、実際には、売上高は伸びていないのである。

売上高が増えなければ、企業活動は沈滞する。賃金も上昇せず投資も増えない。通常の条件下では、利益も増えないはずだ。

ところが、実際には、利益は大幅な増加を示している。これは、円安の影響だ。企業の景況観が改善しているのは、このためだ。

ただし、円安の恩恵を受けるのは大企業が中心であるため、利益増は著しく大企業に偏っている。4~6月期の経常利益の対前年同期比は、資本金10億円以上が49.7%増であるのに対し、1000万~1億円は12.5%減だ。なお、以上についての詳しい分析は、『ダイヤモンド・オンライン』の連載「日銀が引き金を引く日本崩壊」を参照されたい。

法人税を減税しても内部留保が増えるだけ

企業の内部留保は、大企業を中心として増えている。13年4~6月期における全産業の自己資本比率は、38.4%という過去最高の水準だ。

長期的に見ると、自己資本比率は、経済活動が活況を呈しているときには低下し(または一定値にとどまり)、経済活動が沈滞すると高まるという動きを示している。企業の自己資本比率は、1990年代後半以降、継続的に上昇している。これは、90年代後半以降、経済停滞が引き続いていることの結果だ。

「企業の内部留保が著しく増えているのだから、それを何らかの用途に使うべきだ」との意見には一理がある(もっとも、内部留保はダンス預金として死蔵されているわけではない。預金になったり、国債の購入に充てられたりしている)。

ただし、法人税を減税すれば、企業の内部留保はさらに増える。減税が配当や役員報酬を増やす可能性はある。これらは、利益の処分であるからだ。また、株価を引き上げる可能性もある。しかし、上に述べた理由によって、増えた内部留保を企業が賃金や投資に使うかと言えば、そんなことはない。企業がそうしないのは、上に述べたように、合理的な理由があるからだ。人員や設備が過剰な状態で雇用や投資を増やせば、利益が減ってしまう。

賃金や投資が増えるには、売り上げが増える必要がある。経済政策として必要なのは、そのような経済環境をつくることだ。

それがどうしてもできず、企業が内部留保を使わないなら、内部留保を減少させるために取るべき政策手段は、法人税の増税だ。それによる税収を何らかの用途。に使えば、経済全体としては、結果的に内部留保が使われることになる。

政府の経済政策とはそのためにあり、法人税は、そうした目的のために存在しているのである。現政権は、「そもそも法人税が何のためにあるのか?」という基本的な点に関する認識を間違えている。

最近の日本企業の利益増加は、円安によってもたらされたものである。企業努力の結果として生じたものではない。だから、課税して吸い上げても、企業活動には影響が及ばない。現在の日本経済の状況は、法人税増税が必要な典型的なヶIスである。

なお、法人税の減税は、直近では12年度に行われた。この減税によって企業が内部留保を賃金や投資に使ったかと言えば、もちろんそんなことはない。内部留保は増え続けている。

人々はついこの間、法人税減税が行われたことを忘れたらしい。法人税減税の議論をするのであれば、まず最初に必要なのは、この減税がいかなる経済効果を持ったかの検証である。

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