いま問題となるアメリカ的生活様式

アメリカにおけるガソリンと住宅に関連する価格体系は、世界的な標準とは大きく異なっている。これらのいずれもが、税に起因している。

ガソリンについては、税負担率が著しく低い。ガソリンに対する税(ガソリン税などの個別間接税と消費税や付加価値税の合計)の負担率(2007年)を見ると、日本は44.6%であり、ヨーロッパでは60%台の国が多い(ドイツでは63.9%)。これに対してアメリカは12.7%だ。このため、アメリカのガソリン価格は、ヨーロッパの2分の1から3分の1程度にすぎない。

住宅については、住宅ローン利子が所得税において所得控除される。日本にも住宅ローン減税制度があるが、1999年に景気対策として導入された応急時限的な特例措置であり、新たに住宅を取得する人が10年間優遇を受けられるだけである。また、08年には限度額が引き下げられた。これに対して、アメリカの制度は古くからある恒久的なものだ。減税額も、アメリカは日本の10倍程度になっている。

こうした税制上の措置によってガソリン価格が安く、住宅建設が有利になっている。このため、「スプロール化した住宅地の豪華な住宅に住んで自動車で移動する」というのが、一定以上の社会階層のアメリカ人の基本的なライフスタイルとなっている。

日本人がよく訪れるニューヨークやボストンやサンフランシスコは、アメリカの標準からは著しくかけ離れた特殊な場所だ。これらの都市では、建築物は密集しているし、自動車の利用は不便である。その点で、日本の大都市と似ている。

しかし、アメリカの都市の大部分は、日本人が「都市」という言葉から想像するものとはおよそかけ離れた姿になっている。業務・商業地区は、高速道路と広大な駐車場の大海のなかに建物が点在するような景観だ。一定水準以上の住宅は広い敷地に建っており、森の中に点在する別荘地のようなところも多い。

価格構造と密接に関係する都市構造

以上で述べたさまざまな要素は、全て密接に関連している。

まず、居住空間がスプロール化すれば、遠隔地間の移動が日常的に必要になり、それは、自動車に頼らざるをえない。したがって、安いガソリン価格を維持せざるをえない。居住地がスプロール化して広大になっているために十分な敷地スペースが確保でき、そこに豪華な家が建てられる。住宅利子控除がそれを可能にする(これは所得控除であるため、高額所得者にとって有利な制度だ)。このように、歪んだ価格体系を基礎として生活スタイルがいったん築かれてしまうと、それを維持・継続せざるをえなくなる。

そして、産業面では、乗用車による移動を支えるために、石油会社と自動車会社が発展する。実際、これらは、20世紀前半からのアメリカの主要産業であった。これらの産業の利益が、政治チャネルを通じて現在の構造をつくり上げてきた面もある。たとえば、大都市にそれまで存在していた路面電車が石油会社の圧力で撤去されたこともあったし、高速電車網の建設が妨害されたこともあった。これは、特にカリフォルニアで顕著だった。ロサンゼルスにさえかつては路面電車があったのだ。アメリカの都市で大量輸送機関が貧弱なのは、多分に政治的な現象なのである。

アメリカの自動車産業が生産性向上を怠ったすきに入ってきたのが、最初はドイツ車(特にフォルクスワーゲン)であり、さらに日本車であった。そして、石油ショックを契機として日本車の比率が高まった。この点では、日本の産業構造にも大きな影響を与えたわけだ。

この問題は、さまざまな広がりを持つ。特に重要なのは、社会的階層との関係だ。一定以上の所得階層にとっては、これはきわめて快適な生活環境である。都市の喧噪から離れた場所に住むことができる。しかも、自宅にはもちろんのこと、勤務先にも街の中心や郊外のショッピングセンターにも十分なスペースの駐車場があり、無料で駐車できるので、移動にも問題がない。

しかし、低所得者と高齢者には過酷な環境だ。これは、人種問題とも密接に関連している。なぜなら、極貧階層は自動車での移動ができないので、大都市に居住せざるをえなくなるからである。そこにスラムが発生する。新しい産業は郊外に立地することによって、事実上、それらの労働者を締め出すことになる。

自動車の利用を抑えられるかが問題

マクロ経済的な観点から見れば、「アメリカのガソリンと乗用車の使用、そして住宅への支出が世界標準に比べて過剰」という問題だ。アメリカのこの異常な支出構造は、いま世界経済に大きな問題を投げかけている。

「過剰な住宅問題」については、第412回で述べた。すなわち、これが経常収支の赤字をもたらすが、支出が将来の生産性上昇に寄与しなければ長期的には維持できない。サブプライムローン問題をきっかけとしたアメリカの景気後退は、住宅に対する支出を抑える過程である。

原油価格の上昇も、アメリカの安過ぎるガソリン価格と関係している。中国などの新興国でモータリゼーションが進展し、原油に対する世界全体の需要が長期的に増大してゆくにもかかわらず、アメリカの「ガソリンがぶ飲み構造」が変わらないからである。今回の原油価格の上昇には投機的な側面があることも否定できないが、長期的な需要の増加がある点で、産油国の国際カルテルであった「石油ショック」とは基本的に異なる。だから、いま求められているのは、ガソリン消費の抑制なのだ。

それにもかかわらず、異常な価格体系を変えるという議論はアメリカで起こっていない。すでに述べたように、多くのアメリカ人にとってスプロール化した都市と自動車での移動はあまりに当然のライフスタイルであり、社会経済的諸条件がこれを前提にして組み上がっているため、転換することが不可能なのだ。

サブプライムローン問題は、金融の問題としてはいずれ解決がつくだろうし、住宅建設ブームも落ち着くだろう。しかし根底にある「過剰な住宅を支える税制」は変わっていない。自動車に偏り過ぎた交通体系に対する反省もあり、いくつかの都市で地下鉄やライトレール(路面電車)の建設が行なわれている。しかし、全体から見ればごく一部にすぎず、焼け石に水である。

ところで、以上で述べた問題は、日本にとっても無関係なものではない。特に、原油価格の問題は、道路特定財源や暫定税率の問題と直接にかかわっている。

しかし、現実に報道され議論されたことの内容は、きわめて近視眼的なものだった。すなわち、暫定税率をめぐる報道は、ガソリン価格の短期的な上げ下げをめぐる騒動と政治的な不手際の批判に集中した。道路特定財源の問題も、「ムダな道路」の建設問題とそれをめぐる政治的利権の問題に集中している。

このような問題が重要でないというのではない。しかし、長期的な観点からすれば、「自動車やガソリンの使用を抑えられるか」という点が重要なのである。交通インフラの問題としては、道路でなく、鉄道網を中心とする交通網に重点を切り替えられるかどうかだ。こうした観点からの議論こそが、いま必要なものである。

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