円安による費用増はすでに政治的問題

農林水産省は、円安による燃油費高騰の影響を受けている漁業者を支援するため、燃油価格が一定の水準を超えた場合に、国が価格上昇分の4分の3を負担する方針を固めた。また、牛や豚などに使われる配合飼料の7~9月販売分の価格に対して、直近1年の平均価格を上回った値上がり分を補填している基金に国が助成することを決めた。

食品業界は、円安による原材料の輸入価格上昇に大きな影響を受けている。7月からはパンや加工食品の値上げに踏み切るメーカーが相次ぐ。製パン最大手の山崎製パンは、7月1日から食パンと菓子パンの出荷価格を2~6%引き上げる。地方都市に行くと、みそ製造などの食料品加工業が、大豆などの輸入価格の高騰で困難な状態に陥っているとの話を聞く。全日本トラック協会は、燃料費を補填する補助金の創設を求めた。

円安による費用の高騰は、無視し得ぬ段階にきたわけだ。漁業や畜産は自民党にとって重要な政治的基盤なので、コスト増対策要求を無視するわけにはいかない。参議院選挙を前にして、対策がこれからさらに拡大することになるだろう。

しかし、円安によるコストアップに悩むのは、以上で述べた業界だけではない。紙パルプも原材料の値上がりで利益が圧迫されている。電機産業でも部品を海外から輸入しているので、円安になればコストが上がる。

さらに大きな問題は、発電用の燃料費である。円安による値上がり分は、燃料費調整制度によって自動的に電気代に転嫁される。それは、あらゆる産業活動と家計に負担を与える。

補助をするなら円安利益への課税も必要

2007年当時も円安になったが、この当時よりいまのほうが費用増が深刻になる理由として、次の諸点を指摘できる。

第1に、当時は輸出が伸びていたため、経済成長率が高かった。現在は、円安になったにもかかわらず、輸出量は増加していない。

第2に、当時は貿易収支が黒字であったため、日本全体として見れば、円安によって利益を受ける産業のほうが多かった。しかし、現在の貿易収支は大幅な赤字である。円安になったとき、黒字国では黒字が拡大するが、赤字国では赤字が拡大してしまうのだ。

第3に、実質為替レートで見れば、現在のほうが円安である。名目レートだけを見れば、現在のレートは1ドル120円程度にまでなった07年ごろに比べるとまだ円高であるとの印象を持つ人が多いだろう。しかし、各国間の物価上昇率の差を調整した実質レートで見れば、現在のほうが07年より円安になっているのである。つまり、海外では物価が上昇しているので、輸入品の現地価格は上昇している。それに円安の影響が加わるので、円建ての輸入品価格は07年当時より高くなるわけだ。

さて、円安によるコスト増加に対処するには、単に被害を受けている産業に補助を与えるだけでは不十分だ。なぜなら、円安は、所得の移転を引き起こしているからである。一方で円安によって損失を被る産業や個人がいるが、他方で、円安によって利益が増大した産業がある。円安によって原材料費は不変だが売り上げが増える産業(典型は自動車)では、利益が何倍にも増加する。他方で、売り上げが不変で原材料費が円安で増える産業(典型は食料品加工)では、利益が減少し、さらには赤字になる。輸出量が伸びるといった量的拡大効果が起きていないので、実体経済に対するプラスの効果は生じていない。所得移転だけが起きているのである。

したがって、補助するのであれば、円安で利益を得る産業に特別税を課し、これを財源とすべきだ。円安利益は、企業努力によって得た利益ではなく、「棚からぼた餅」的に得た不労所得だからである。したがって、課税されるのは当然だ。それを財源として、円安で損失を被った産業に配るべきだ。法人税の減税が検討されようとしているが、本来必要なのは、こうしたことだ。内需喚起の観点からも、こうした政策が必要だ。

コスト増への補助でなく円安を阻止すべきだ

ただし、財政を通じて個別産業に補填するのは、問題が多い。補助する基準は何か、どれだけ補填するのか? 家計は対象外か? などの問題があるからだ。これらに客観的な答えを与えるのは困難なので、利益は政治的に声が強いところに集中する。

そして、補助対象はいくらでも広がる可能性があり、そうなれば、収拾がつかなくなる。冒頭で述べたことは、政府が円安の問題点を認め、しかもコスト増に対して補助策を取ったという点で、画期的なのである。いったん補助を始めてしまうと、他の分野からの要求を拒絶できなくなる。

漁船に対して対策を講じるのであれば、トラックは放置してもよいのか? 夕クシーはどうか? あるいは、自家用車は? 牛や豚が食べる飼料の価格高騰を補填するのなら、なぜ人間が食べるパンの値上がりには対策が取られないのか? 等々の議論が生じる。そして、こうした議論に対して、誰もが納得できる答えを与えることはできない。

価格転嫁できなければ業者の利益が減るし、転嫁できれば、家計の負担が増える。13年度の貿易赤字は、たぶん10兆円を超えると考えられるので、2割の円安によって2兆円分のトランスファーが生じるわけだ。これは、消費税の税率を1%引き上げるのとほぼ同じ額だ。消費税率引き上げに反対しながら、円安によるコストアップに反対しないのでは、まったく筋が通らない。

また、円安がさらに進んだらどうするのかという問題もある。アメリカが金融緩和政策から脱却すれば円安が進行する可能性が強いので、これは現実的な問題だ。また、現在は原油価格が安定しているが、仮に原油価格が高騰すると、問題はさらに拡大する。あるいは逆に、円高になったら、それまでの政策を逆転すべきか、という問題もある。

以上のような問題があるので、財政を通じる措置を取るのではなく、円安そのものを阻止すべきだ。円安阻止こそが、現在の日本で行われるべき経済政策だ。

円安阻止には、口先介入だけでも効果がある。日本の場合、政府が円安をいくらでも許容するとみられている。むしろ、円安が進むことを望んでいるとみられている。そのため、円安に向けての投機を行いやすいのだ。政府がある程度以上の円安は望ましくないとの判断を示せば、そのことだけで為替市場には大きな影響が及ぶはずである。

安倍晋三内閣は、「円安になれば株価が上がり、政権の支持率も上がる」という方向をこれまで追ってきたように思われる。しかし、「円安で政権支持率が上がる」という構図は、すでに崩れている。

アベノミクスに対するこれまでの批判は、「円安になり株価が上がっても、恩恵は私のところに届かない」というものだった。これは、批判であっても消極的なものである。そして、「しかし、いずれ恩恵は私にも届くだろう」という期待があった。

しかし、冒頭で見た事態は、この空気が変わったことを意味している。「円安が私の仕事を、あるいは生活を脅かしている」というものだ。これは、「批判」というよりは、「抗議」である。政治的な観点から見ても円安を阻止すべき段階に来ていることを、参院選を前にして、安倍内閣は認識すべきだ。

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