虚のアベノミクスは実に転換できるか?

安倍晋三内閣の経済政策の本質は資産価格のバブルを利用して、経済活動が好転しているような錯覚を人々に与えることだ。実体経済の構造を改革しようとするものではない。「期待」が強調されるのは、そのためだ。

現代世界では、実需に基づかない資金の国際間移動が自由化されているので、バブルは国境を越えて次から次へと伝播する。いわば、世界中にガソリンがまかれていて、マッチを擦ればたちどころに火が燃え上がる状態になっている。

このため、過去10年以上の期間にわたって、世界のさまざまな国が国際的な資金による投機に攪乱されてきた。資産価格のバブルが発生し、それが崩壊して経済が大混乱に陥ってきたのである。

2003年ごろからアメリカで住宅価格のバブルが起こり、それが崩壊して金融危機が発生した。投機資金はユーロ圏に流れ込んで、不動産価格と国債価格を実体経済から正当化できる以上につり上げた。その崩壊がユーロ危機に他ならない。また、中国では、住宅価格のバブルが発生した(ただし、これは、中国政府の景気刺激策と金融緩和によって生じた)。

バブルが膨張している段階では、すべてがうまくいっているよすなユーフォリアに経済が包まれる。しかし、資産価格と実体経済の乖離が一定限度を超えるとバブルは崩壊する。国際的な資金がいっせいに逃避するときの資産価格の変動は、極めて急激だ。リーマンショック後の世界経済の大混乱は、まだ記憶に新しい。

前回にも述べたことであるが、日本は投機に狙われやすい客観条件を持っていることに注意が必要だ。為替レートについては、前回述べた。円高が進んだのは、日本が単に投機資金の避難所と見なされただけの理由によるものであったため、何かのきっかけで円安投機が進む可能性を含んでいた。

最初の兆しが見えたのは、12年2月である。ギリシャ国債の全面的デフォルトが回避されたため、資金のユー口回帰現象が起こり、円安になった。株価も上昇した。ただし、この傾向は長続きしなかった。

次のきっかけが、12年秋に生じた。9月のECB(欧州中央銀行)による南欧国債無制限買い入れ決定で、資金がユーロに回帰し、南欧国債の利回りが低下した。これを受けて、11月ごろから円安が進んだ。

安倍内閣発足後は、さらに円安が進んだ。円安で輸出関連企業の利益が増加するとの期待から、株価が上昇した。13年4月の「異次元金融緩和政策」発表後は、円安による利益増で正当化できる以上に株価が上昇したと考えられる。つまり、円安バブルの上に、さらに株価バブルが形成されたわけだ。いわば二重のバブルが形成されたことになる。

株価上昇は日本経済の長期的趨勢には反するものだが、円安になれば輸出関連企業の収益が増加するのは明らかだから、短期的売買益だけを目的とする投機は成立し得る。株についても、海外投資家の関与が大きかった。国債市場での外国人保有比率が問題とされたが、株式市場はそれより不安定な状態になったわけだ。しかも、株価上昇は、企業活動の実態を反映したものではないから、すぐに壊れる可能性を内包していた。

日本国債売り投機の危険が増している

日本銀行の「異次元緩和策」は、もう一つの投機を誘発した(あるいは、今後誘発する)可能性がある。それは、日本国債の売り投機だ。これは、前回述べたように、インフレ目標の設定によって誘発された。

もちろん、こうした投機は、日銀の意図するところではない。

しかし、インフレ目標を文字通りに受け取れば、「国債価格は下落する」と結論せざるを得ない。したがって、インフレ目標が結果的に国債売り投機を促していること自体は、否定しようがない。これほど明白な投機促進メッセージを中央銀行が発したことは、これまでなかった。

投機によって国債価格が暴落(金利が高騰)した場合、日銀が買い出動して市場をコントロールするのは難しい。

なぜなら、国債を保有している金融機関の立場からすると、価格が下落した国債を売ると、売却損が実現してしまうからだ。それよりは、満期まで保有して額面での償還を受けるほうが得策だろう。だから、日銀の買いオペに応じない可能性が高い。

もっとも、市場は2%目標が実現できるかどうかについて、半信半疑だ。実現しなければ売り投機は成功しない。だから、大きな売り投機が実際に起きているようにも見えない。ただし、長期金利は、不安定な期待にかき回されて、不安定な状態を続けている。

株価が下落したところで、株の保有者が損失を被るだけだ。投資者はもともとそうしたリスクを承知の上で株を購入しているのだから、政策当局が手当てする必要はない。しかし、金利は違う。これは、経済活動のさまざまな分野に影響を与える重要な変数だ。最も基本的な変数の一つと言ってよい。それほど重要な経済変数に関して、市場は混乱していて、行方がわからないのである。

以上に加えて、消費税増税の見送りも言われている。これは、財政破綻がさらに進むとのメッセージだ。そうした事態になれば、日本国債の格付けは、間違いなく引き下げられるだろう。財政に対する信頼が失われると、実質金利が上昇する危険がある。

「虚」から「実」への転換を図れ

「金融緩和ですべてうまくいく」との考えは、株価の一本調子上昇の終焉や長期金利の上昇で、大きく揺らいでいる。安倍内閣は、金融市場の不安定な状態を直視し、経済政策の基本的方向づけについて再点検を行うべきだ。

そして、金融緩和に過度に依存したこれまでの路線からの転換を図るべきだ。少なくとも、「2%のインフレ率を2年以内に実現」という目標は、国債売り投機を未然に防ぐために、できるだけ早い時点で撤回すべきだ。

「期待が変われば実体経済が変わる」との考えは、「武器がなくとも精神力で勝てる」というかつての日本軍の精神至上主義と一脈通じるところがある。武器がなくては戦いに勝てないのと同じで、経済の構造を変えなければ、日本経済の再生を実現することはできない。

改革の最も重要なポイントは、既得権益への果敢な切り込みだ。古いものを温存しては、日本の復活はあり得ないからである。ただし、それは、政治的に極めて困難な課題だ。金融緩和のような痛み止めの麻薬ではなく、痛みを伴う手術のようなものだからである。

金融緩和は日本が抱える問題に対する解にはなり得ない。地道な改革努力を続けること以外に方法はないことを、はっきりと認識すべきである。

6月中旬に決定の成長戦略は、残念ながら、こうした期待に応えるものにはなりそうもない。特に、農地保有の自由化や、医療・介護分野での規制緩和は、今後の成長産業育成のための必須の課題であったにもかかわらず、不十分なままに放置された。

しかし、経済改革への取り組みを、これで終わりにする必要はまったくない。規制緩和はこれからも引き続き追求すべき重要な課題である。そうした地道な努力が積み重ねられて初めて、安倍内閣の経済政策は、「虚」から「実」へと脱皮することができるだろう。

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