投機に翻弄される日本経済と金融市場

4月4日の新金融政策発表の直後、株式市場は歓迎し、株価は上昇した。ただし、債券市場は乱高下した。

5月になってからの金融市場で、二つの重要な異変が生じた。

第1は、長期金利が高騰したことだ。常識的に考えれば、金融緩和の目的は金利を低下させることだから、これは、一見すると不思議な現象だ。第2は、株価が5月23日に暴落したことである。その後、本稿執筆時点までの間、株価は大きく変動している。

これらが重要な出来事であることは間違いない。なぜなら、どちらも政策当局の意図には反することだからである。

金融緩和の目的は、実質金利を下げて投資活動などを促進させようとすることだ。上昇しているのは名目金利であり必ずしも実質金利の上昇を意味しないが、実質金利も上昇している可能性が高い。

株価について言えば、ここ数カ月間の株価上昇が政権支持率を高めていた基本要因であったことは間違いない。株価が順調に上昇しなくなれば、政権にとって大きな痛手となる。

株価暴落の原因については、さまざまなことが指摘された。中国製造業購買担当者景気指数(PMI)の低下、アメリカのQE3(量的金融緩和政策)終了予測などである。確かに、そうした出来事が株価下落の引き金を引いたことは事実だろう。

しかし、基本的な原因は、昨年秋以降の株価上昇が、企業活動の活性化を反映したものでなく、円安だけに依存したものであったことだ。だから、海外からの小さなショックによっても下落してしまうのである。

昨年秋以降の株価上昇が、円安だけでほぼ完全に説明できることを、ダイヤモンドーオンライン連載「日銀が引き金を引く日本崩壊」の第4回と第6回で示した。そこで示したモデルによれば、為替レートが10%円安になれば、上場企業の利益は20.3%増加する。その水準が永続すれば、株価は同率だけ上昇する。1ドル100円の場合にモデルが予測する日経平均株価は1万3244円だ。日経平均1万5000円を正当化するには、1ドル113円程度の水準が永続する必要がある。それが実現しないと考えられれば、株価は調整せざるを得なくなる。

仮に株価上昇が、生産性向上や需要増加など実体的経済活動の改善に裏づけられていたのであれば、乱高下は起こりにくいはずだ。大きく下落し、その後も乱高下を続けること自体が、株価が脆弱な基礎の上に立っていることを示す何よりの証拠だ。現在の日本の株式市場は、企業の業績を評価するのではなく、為替レートの行方を当てるゲームを繰り広げるだけの市場になってしまっている。

円安自体が投機で進んだ可能性が強い

アベノミクスの真の問題は、株価が上昇しただけで、実体経済が改善しなかったことである。賃金は上がらず、設備投資も増えない。貿易赤字は拡大を続ける。そして、構造的な問題を抱える電機産業や鉄鋼業は、株価が上昇しても、実体が変わらない。円安や株価から利益を得ることがあまりない中小企業にとっては、厳しい状態が続く。そして、円安によるコストアップが経営を圧迫する。だから、仮に今後株価が再び上昇したとしても、実体経済は改善されない。

株価が為替レートに依存して動いている以上、仮に円安が再び進めば、株価は再び上昇する。しかし、そうなったところで、日本経済がよくなるわけではない。これまでのよすなマネーゲームが続くだけだ。

株価上昇の原因となった円安自体が、海外のヘッジファンドなどによる投機によって引き起こされた可能性が強い。それと並行して、株式についても海外投機家による投機が行われ、それによって株高が進んだ可能性が強い。

投機の存在を具体的なデータによって確かめるのは難しいのだが、そう考えることによって、さまざまの現象をよく理解できる。とりわけ、次の点だ。

東京証券取引所の投資部門別売買状況によれば、5月第3週で「買い」の約6割は外国人投資家だ。仮に海外から資金が流入しているのだとすれば、円高が進むはずである。しかし、実際には円安が進んだ。一方、円安が進むとすれば、国際収支上の証券投資は流出超過になっているはずだ。

しかし、こうした動きは、国際収支の統計には表れていない。これは、株式についても為替についても、資金の流れを伴う現物の取引でなく、先物を用いた取引が中心だったことを示唆している。

ここで、日本は円安投機に狙われやすい条件をそろえていることに注意が必要だ。なぜなら、長期的な傾向としては、日本経済の衰退に伴う「日本売り」によって、円安になる可能性が高いからである。2012年の夏まで円高が進んだのは、ユーロ危機などによって、日本国債がセイフヘイブン(安全のための待避所)と見なされたためだ。日本経済の強さが買われたからではない。

国債や通貨が投機の危機にさらされるのは、どの国でも同じだ。ただし、日本は他の国にはない特徴がある。それは、政府や中央銀行が円安を歓迎したことだ。大胆な金融緩和を標榜し、制限のない円安を歓迎して政権に就いた安倍晋三内閣の登場は、海外ヘッジファンドが円安投機を仕掛けるのに、千載一遇のチャンスを与えたに違いない。

仮に今後も円安が進むとすれば、株価が上昇しても、海外の投機家が巨額の利益を得るだけだ。その半面で、円安による原材料の価格上昇や電気代の上昇などが、日本の中小企業や国民生活を脅かしていく。

国債売りの投機が生じる恐れがある

いまひとつ懸念されるのは、投機によって長期金利の高騰(国債価格の暴落)が引き起こされることだ。

日本の財政状況は極めて悪いので、仮に金利が上昇すると、利払い費が増加し、財政危機が加速する危険がある。それが財政に対する信認を低下させ、金利が上昇する。

つまり、長期的に見ると、為替レートについて円安が自然な方向であるように、金利については上昇が自然な方向なのだ。だから、円売り投機に狙われやすいのと同じ意味で、国債売り投機に狙われやすい。

日銀のインフレ目標は、この方向での投機を容易にした可能性がある。なぜなら、インフレ率が2%の経済で10年債利回りが1%未満にとどまるようなことは考えにくいからだ。現在マイナス0.5%程度である消費者物価指数の上昇率が2%になれば、実質金利をゼロにまで押し下げたところで、10年債利回りは2%になる。

そうであれば、将来の国債価格はいまより下落する。だから、いま日本国債売りの投機を仕掛ければ、巨額の利益を得られる可能性が高い。

したがって、ここでも、政府・日銀は投機を進めやすい環境を提供したことになる。

これまで、日本国債の売り投機は、海外のファンドなどによって何度も試みられながら、失敗してきた。しかし、今回は成功の確率が高まったと判断されている危険がある。

政府・日銀の本来の役割は、経済の安定を確保することだ。投機の試みをくじく努力をすることであり、バブルを煽って投機を行いやすい環境を提供することではない。

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