円安で利益増加は賃金が下がるから

2013年3月期の上場企業の利益は前期に比べて増加した。

しかし、これは、生産性の向上や新しい事業の開始など、企業活動の実態が変わったことによるのではない。増益の大きな理由は二つある。第1は、11年度の企業利益が東日本大震災などの影響で大きく落ち込んだことだ。12年度の増益は、それからの回復の結果に他ならない。第2の理由は、円安である。ここでは、後者の問題について考えよう。

ドルベースの輸出額が不変のとき為替レートが円安になれば、円表示の輸出額は増える。したがって、輸出産業の売り上げは増え、原価が不変であれば、利益は増加する。

13年3月期の企業の利益のかなりの部分は、このメカニズムによって生じた。そして、今後円安が続けば将来の企業利益が増えるとの期待から、株価が上昇している。

これだけを見れば、円安は望ましいことのように思える。しかし、もちろんそうではない。なぜなら、円安によって輸入価格は上昇するからだ。

輸出産業であっても、輸出に比べて輸入原材料が多ければ、円安によって利益は減少する。非製造業の売り上げは基本的には内需なので、利益は減少する。また、消費者を円安による物価上昇によって実質所得が減少する。

現在の日本でとりわけ重要なのは、発電用燃料の価格上昇による電気料金の値上げだ。これは、あらゆる産業活動と家計の負担を増加させる。

したがって、円安になると、輸出産業の利益が増える一方で、これらの部門が負担を負う。これは、しばしば円安の「副作用」と言われるが、副作用ではなく、主要な作用である。日本が全体として豊かになるわけではなく、損をする部門から得をする部門への移転が起こるにすぎないのである(円安で輸出が増えるなどの変化が生じれば、移転以外の効果が生じる。しかし、現在までのところ、その効果は生じていない)。

大震災後の日本では、貿易収支の赤字が定着している。つまり、輸入額は輸出額より多い。だから、円安によって日本全体としては貧しくなっているわけだ。

円安とは、日本人の労働の価値が、海外から見て安く評価されることである。だからこそ、企業の利益が増えるのだ。所得の種類で言えば、実質賃金が低下して資産所得が増加する。これは、所得格差を広げることになる。

円安はしばしば「近隣窮乏化」と言われる。しかし、これまでのところ輸出数量が増えているわけではないから、近隣窮乏化は起きていない。国内における「家計窮乏化」あるいは「消費者窮乏化」が起きているのである。

経済危機前にも同じことが起きた

実は、同じことを日本はすでに経験している。経済危機前の「輸出主導経済」で起きたことがそれだ。

株価が上昇し、配当所得は増えた。しかし、賃金所得は増えなかった。このため、所得分配が大きく変化したのである。この状況は、国民経済計算の分配勘定を見ることで跡づけられる。

国民可処分所得に占める雇用者報酬の比率は、01年度の65.6%から07年度の60.7%まで傾向的に低下した。他方で、営業余剰・混合所得の比率は、同期間に22.9%から25.7%まで上昇したのである。

なお、経済危機によって企業利益が減ったため、営業余剰・混合所得の比率は08年度に21.8%まで低下した。賃金はそれほど急激には変化しないので比率が上昇した。11年度の比率を見ると、雇用者報酬が64.0%、営業余剰・混合所得の比率が22.6%である。つまり、前回の円安が始まる前のレベルとほぼ同じだ。今回の円安によって、再び07年度までと同じような再分配が生じるだろう。

円安が賃金を上げないことは、毎月勤労統計調査を見てもわかる。現金給与総額の指数(10年=100、事業所規模5人以上)の推移を見ると、01年に108.8であったものが04年に104.1まで低下した。05年に104.7、06年に105.9に増えたものの、1%程度の増加率だ。そして、07年には103.9に低下した。

法人企業統計における資本金10億円以上の企業の経常利益(全産業)が、01年度15.3兆円、04年度25.8兆円、07年度32.3兆円と増加したのと比べると、あまりに大きな違いだ。

しかし、右に見たように、円安とは、国内労働者の実質賃金を下落させることによって企業の利益が増加するプロセスである。だから、こうした結果になるのは当然のことなのだ。つまり、実質賃金を低下させることこそが、「アベノミクス」の本質なのである。

円安の是非こそが本当の政治的争点のはず

円安の負の側面のうち、とりわけ問題なのは、電気料金の引き上げだ。

東京電力の電気料金は、燃料費調整の結果、6月に2.2%ほど上昇する。これは、ほとんど円安の影響だ。4月、5月もすでに上がっているので、合計すると6.5%程度の上昇になる。今後も1ドル=100円程度の為替水準が定着すると、2月の料金に比べて1割近くの上昇になる可能性がある。また、関西電力、九州電力、四国電力、東北電力などでは、燃料費調整とは別に、電気料金の値上げを実施している(関西電力の場合、平均で9.75%、自由化部門の企業向けは17.26%)。この分を加えれば、電気料金の値上がり率は2割程度になる。

家計調査によると、毎月の消費支出31.6万円のうち、電気代は1.2万円(3.8%)だ。これが2割上がれば、消費支出は0.8%上がる。賃金が上がらない中で、これは無視できない負担増だ。

また、製造業にも影響が及ぶ。工業統計調査によれば、生産額に占める電気料金の割合は、製造業計で1.44%だ(09年度)。「これが1割上がっても、生産額の0.1%程度でしかない」との意見があるかもしれない。確かに、製造原価に対する影響は限定的だ。しかし、利益に対する影響は大きいのである。なぜなら、製造業の売上高営業利益率は2~3%程度でしかないからである。したがって、電気料金が2割上がれば、利益は9.6~14%程度減ることになる。

シェールガス革命が、この状況を変えると期待されている。確かにそれは朗報だ。しかし、それは将来の話である。それに、シェールガスが輸入されようがされまいが、円安が輸入価格を引き上げるという事実に何の違いもない。「シェールガスがあるから、円安は問題ない」ということにはならないのである。

円安の負の側面は、すでに無視できない大きさになっている。日本の年間輸入額は約70兆円なので、20%の円安は輸入額を14兆円ほど増やすことになる。これは、消費税率5%の引き上げによる税負担増加分を超える。

杢米であれば、野党がこれを参院選の争点とすべきだ。しかし、現在の日本の野党がこうした問題意識を持っているかどうか、大いに疑問である。とりわけ民主党は、政権時代に円安を追求し、金融緩和を日本銀行に求めた。「生活が重要」と言いながら、それとまったく逆の経済政策を追求していたのだ。だから、総選拳においてこれを自民党との争点にはしにくいだろう。健全な野党が存在しないことが、日本の経済政策における最大の悲劇である。

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