金利は上がる?下がる?混乱する国債市場

今後の長期金利は下がるのか? それとも上がるのか? マーケットは混乱している。実際、日本銀行の発するメッセージは、長期金利の方向づけに関して、矛盾しているようにも見える。

第1は、金融緩和によって長期金利が低下するというメッセージだ。そして第2は、物価上昇率が引き上げられることによって、長期金利か上昇するというメッセージだ。これらは正反対の方向なので、長期金利の将来見通しがつかなくなっても不思議ではない。

この問題を考えるには、まず実質金利と名目金利を区別する必要がある。名目金利は、マーケットで観測される金利だ。国債の購入など、資産運用に影響を与えるのは名目金利である。これに対して、マクロ経済学の教科書的な議論が対象とするのは、実質金利である。経済活動に影響を与えるのは、実質金利だ。ただし、これは、直接には観測できない変数である。

では、これらは金融緩和でどう変わるか。まず実質金利について。

教科書的な議論は、通常は物価水準が不変の場合を考える。金融緩和を行うと、信用創造によってマネーストックが増加し、実質金利は低下する。物価上昇率が上がっても、2%程度であれば、信用創造によるマネーストック増加のほうが大きいから、実質マネーストックは増加し、実質金利は下がるだろう。

しかし、これまでの日本の量的緩和を顧みると、マネタリーベースは増えたものの、信用創造によるマネーストックの増加は生じていない。マネーストックが増えた場合でも、マネタリーベースの増加分だけ増えたにすぎない。この場合、物価水準が不変なら実質金利はわずかに低下するだろうが、物価が上昇すると、実質マネーストックは減少してしまうかもしれず、その場合には実質金利が上がることもあり得る。実際、アメリカのQE2では、長期金利が上昇した。これはインフレ期待が高まったためだとされる(実質マネーストックの減少と、後述のフィッシャー効果による)。

日銀は、4月26日に発表した『物価展望レポート』において、実質金利が下がると述べている。ただし、マネーストックがどの程度増え、実質金利がどの程度下がるかは述べていない。

名目金利の動向は物価動向次第

次に名目金利について。名目金利と実質金利の間には、名目金利=実質金利十期待物価上昇率という関係(フィッシャー方程式)がある。

仮に実質金利が不変であれば、期待物価上昇率が上がっただけ名目金利が上昇する。しかし、実質金利が低下すれば、名目金利は期待物価上昇率の変化ほどは変化しない。

では、「実質金利が十分に下がり、その結果、期待物価上昇率が上がっても名目金利は上がらない」という事態はあり得るだろうか? 2%の物価上昇率を前提とする限り、それはないだろう。実質金利はマイナスにはなり得ないから、期待物価上昇率が2%になった場合には、仮に実質金利を0%まで押し下げたとしても、名目金利は2%程度に上昇してしまう。これは、現状からのかなりの上昇だ。

ただし、この結論は、「消費者物価上昇率が2%になれば」という前提の下のものだ。物価上昇率がそれほど高まらなければ、名目金利が下がることもあり得る。

2013年3月の消費者物価対前年同月比は、生鮮食品を除く総合指数でマイナス0.5%である。他方で、名目金利は0.5%程度だ(5月初旬時点、10年債の場合)。期待インフレ率は現実の物価上昇率に等しいと考えると、実質金利は1%程度と考えることができる。

いま、期待物価上昇率がマイナス0.5%のままで、実質金利が0.8%に押し下げられたとしよう。その場合には、名目金利は0.3%となり、現在の0.5%から下落する。

このように、将来の名目金利が下がるのか上がるのかは、今後の物価上昇率と実質金利の見通しに依存する。そして、それらについて見通しがつかない。これまでは、物価上昇率はそれほど高まらず、日銀の金融緩和策によって名目金利が緩やかに低下すると考えてよかった。しかし、いまや日銀は物価上昇率を2%に引き上げるという。それを実現できるかどうかは疑わしいが、無視するわけにもいかない。

こうして、市場参加者は、見通しがつかない状況に放り込まれたわけだ。日銀は矛盾したメッセージを発しているわけではないが、誰もが納得できるような確たる見通しを示していないのだ。こうした事情を反映して、日銀新金融政策発表後、長期金利が乱高下した。

名目金利が上がるか下がるかで、国債を売るべきか買うべきかの判断は正反対になる。見通しと異なる事態が生じた場合の損失は非常に大きい。例えば、物価上昇率目標が実現されると信じて、今後の金利上昇(国債価格下落)を予想し、現時点で国債を売却してしまったとしよう。しかし、実際には国債価格が上昇したとすれば、逸失利益は巨額になる。逆に、金利低下(国債価格上昇)を信じて現時点で国債を買い、実際には金利高騰が生じれば、多額の損失を被る。一般の人々も、この問題と無関係ではない。住宅ローンを借りる際に、変動金利にするか、それとも固定金利にするかの判断に直接影響する。

では、市場の実際の状況はどうなっているだろうか? 現在の長期債の利回りは、4月4日以前に比べると上昇している。そして、これを反映して、住宅ローン金利も上昇している。

市中で保有されている国債の残存期間は、しばらく前から短期化している。メガバンクの保有国債の残存期間はもっと短い。短期化すれば、金利高騰による国債の価値低下を抑えられるからだ。最近では、地方銀行も同様の措置を取りつつあると言われる。以上の事実は、将来の金利上昇が予測されている結果と考えられるだろう。しかし他方で、生命保険会社は外債投資の増加を検討中と報道されている。これは、将来の国債利回り低下を予想した行動と解釈される。

ただし、いずれの場合も、どの程度の変化が予測されているのかは、以上の事実からはわからない。これに関しては、イールドカーブを用いる分析が必要である。

物価上昇期待は実体経済には影響なし

以上のように、物価上昇率の見通しは資産運用には大きな影響がある。しかし、実体経済には影響がない。

「期待物価上昇率が上昇すると、フィッシャー方程式によりて実質金利が低下するので、設備投資が増える」という人がいる。しかし、これは誤りだ。実質金利は、経済の実体変数(実質マネーストックを含む)によって決まるので、期待物価上昇率だけが変化した場合には、名目金利が受動的に変化するのである。

また、「将来物価が上がると予想すると、人々はいま買おうとするので、デフレ脱却になる」という意見もある。しかし、こすなるのは、一般的物価が不変で、ある商品の物価だけが上がる場合のことだ。相対価格と絶対価格を混同してはならない。絶対物価水準の変化は、名目金利を変化させる。したがって、いま買わずに将来買えば、購買額が増えるので、いまと同量のものを買える。つまり、購入額の現在価値は一定に保たれる。だから、期待物価上昇率が上がったところで、人々の消費行動が変わるわけではない。

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