円高でも平気な企業をつくれるか

アメリカの株価は、昨年夏以降の顕著な下落から回復した。ダウ平均株価で見ると、最近では、1年前の水準に戻っている。S&P指数やナスダック指数で見ても、ほぼ同じである。

他方において、アメリカの金融機関には巨額の損失が予想される。国際通貨基金(IMF)が4月8日に明らかにした試算では、サブプライムローン問題による世界の金融機関の損失が、5650億ドル(約58兆円)、商業用不動産業界などへの波及分を合わせると9450億ドル(約96兆円)に上る。また、アメリカの景気後退は、ほぼ確実と見られている。

以上の事実は、一見して不可思議だ。金融危機が深刻化し景気が後退すれば、株価も下落するように思われるからである。整合しないように見える現実の動きは、どのように解釈すべきだろうか。

前回述べたように、アメリカ経済の大きな問題は、国内支出が過剰で、そのため経常収支の巨額の赤字が継続していたことだ。アメリカの景気後退は、過剰な国内支出を減らして経常収支の赤字を正常な水準まで縮小するために、不可避な過程である。それは、遅かれ早かれ生じなければならないことだった。今回、サブプライムローン問題をきっかけとした金利引き下げとドル減価によって、それが実現する。これは、アメリカ経済が衰退する過程ではなく、正常化への過程だと考えることができる。

他方で、株価は景気や金融危機に直接に反応するのでなく、企業の収益見通しによって決まる。だから、最初に述べた事実が示すのは、アメリカの主要企業の業績が、景気や金融危機にあまり影響されない構造になっているということだ。

それを象徴的に示したのが、4月17日に発表されたグーグルの業績である。2008年1~3月期の決算は、売上高が前年同期比42%増、純利益が30%増と、大幅な増収増益となった。インテルやIBMの業績も市場予想を上回った。こうした事実は、これらの企業の収益が高い技術力と斬新なビジネスモデルに支えられており、金融危機と直接関係しないものであることを示している。

それは、これら企業の市場価値が、きわめて高い値になっていることからも確認できる。従業員1人当たりの時価総額で見ると、グーグルの値は、トヨタ自動車の約17倍、日本の総合電機メーカーの約100倍である。さらに注意すべきは、景気後退のなかで増収が可能な企業が、これらだけではないことだ。平均株価が暴落していないことが、その証拠である。

日米金融危機の大きな違い

今回のアメリカの金融危機は、日本が1990年代に経験した金融危機と似ていると言われることがある。確かに、両者には共通の点も多い。いずれも、無謀な貸し付けの増加を原因として引き起こされた。また、損失の規模もほぼ同じである。

しかし、これらのあいだには、重要な違いがある。90年代の日本では、金融危機と株価の下落が、同時に進行した。日経平均株価は、89年末のピーク3万8915円から95年1月には約1万8000円まで下落し、さらに03年4月には7000円台にまで下落した。つまり、金融危機と、企業の収益の減少、株価の下落が、同時に進んだのである。

日本の場合にすべてが同じ方向に動くのは、大量生産の製造業が産業の中心だからだ。この分野の企業の収益は、GDPや為替レートなど経済全体の変数によって大きく左右されるのである。90年代には、中国の工業化によって安価な製造業製品が大量に入ってきたことも大きな影響を与えた。したがって、日本では経済が不況になると、ほとんどすべての企業の業績が悪化し、平均株価が下落するのである。

「アメリカの金融危機が日本と似ている」と考える人は、日本で生じたような経済の全般的な停滞が今後のアメリカでも生じると考えている。「第2次大戦以降続いたアメリカ中心の世界経済構造が大きく変わる」という意見は、その代表だ。しかし、アメリカで見られる株価の推移は、これとは明らかに異なるパタンを示している。

われわれ日本人の潜在意識には、「日本がバブル崩壊でダメになったのだから、アメリカもそうなって当然」という考えがあるのかもしれない。しかし、(残念ながら?)そうはなりそうにないのである。

似た現象は、ITバブル崩壊のときにも見られた。通信大手のワールドコムなど、このときに破綻した企業もあることは事実だ。しかし、アメリカ経済は、これによって壊滅することはなく、その後も目覚ましい成長を示した。今回も同じだろう。巨額の損失は、シティグループやメリルリンチなどの金融機関に集中している。他方で、影響を受けていない金融機関もある。それどころか、ゴールドマン・サックスのように金融危機を利用して巨額の利益を計上した金融機関もある。こうしたことも、日本の場合にはなかったことだ。

日本経済全体が農業化する

日本企業の収益が経済全体の動きに連動する構造は、今でも顕著である。昨年夏以来、トヨタやキヤノンの株価は、為替レートとほぼ連動して下落した。これは、グーグルなどのアメリカのハイテク企業の株価推移とは異なる動きだ。

日経平均株価は、1年前に比べると2割ほど低い。ジャスダック指数で見ても、ほぼ同じである。ここ数年間の景気を支えてきた「円安バブル」が崩壊したため、輸出産業の業績が悪化するからだ。つまり、景気後退や金融危機にもかかわらず、株価が堅調に推移するような企業は、日本にはないことになる。

グーグル、インテル、シスコ、アップルなどの業績が経済動向にあまり左右されないのは、他社が追随できない製品やサービスを供給できるからである。しかし、これができる企業は、日本ではきわめて少ない。日本のエクセレントカンパニーは、「他社でもできることを、よりよくできる」企業であるにすぎないのだ。

こうした事態に対して、いかなる改革が必要か? 目的自体は明白だ。それは、為替レートや景気がどうなってもびくともしない収益構造をつくることである。具体的な数値で言えば、1ドル60円程度でも収益が上がるビジネスモデルを構築することだ。1ドル60円とは、95年で言えば1ドル80円だから、ありえないものではない。

このような改革を実現するためには、経営が大転換しなければならない。現在の日米企業間の大きな時価総額の格差は、従業員の能力でなく、経営の差によって生じている。経営を変える最大の圧力は、外国資本による買収である。イギリスもアイルランドもそれによって大変身し、大躍進を始めた。

しかし、日本で現実に起こっているのは、J-POWER株買い増し中止勧告に見られるように、これとは正反対の動きである。それは、日本の体力をさらに弱めるだろう。

日本の農業は、国際競争を拒否して国内に閉じこもり、その結果、衰退産業となった。同じことが他の分野にも生じ始めている。製造業は農業とは違って予算を通じる明示的な補助金は受けていない。しかし、マクロ経済政策による円安は、補助金と同じものである。日本経済全体が、農業がたどった道をたどろうとしているのである。

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