物価目標達成なら経済は大混乱する

日本銀行は、消費者物価上昇率2%を2年以内に実現するとしている。その実現可能性に多くの疑問があるが、問題はそれだけではない。仮に実現すれば、今度は経済の別の面で深刻な問題が起こる危険性が高いのだ。

日本の消費者物価上昇率は、これまでほとんどゼロの状態を続けてきた。それが2%になるというのは、大きな変化だ。他の指標が変わらずに消費者物価だけが現状から大きく変わることはあり得ない。他の指標がどう動くかによって、経済活動に多大の混乱が生じる危険がある。

最初に、消費者物価上昇率の目標は、「一時的に2%になる」とか、「2%になるが、その後上昇率がどんどん高まる」ということではなく、「2%で安定した状態が続く」ということであると確認しておこう。これはどのような状態だろうか?

第1に、「消費者物価上昇率2%」は、ほぼ先進国の標準である。したがって、購買力平価説から考えて、為替レートは一定の水準に安定するはずだ。また、実質金利が世界標準と同じであれば、名目金利も世界標準レベルまで上昇するはずだ(これと為替レートが一定であることは、金利平価説と整合する)。このことの意味は、後で検討する。

第2は、消費者物価の構成だ。財価格は国際市場で決まるものが多いので、ほぼ世界標準になるだろう。つまり、現状からあまり大きく変わらないだろう。実際、アメリカでも、2009年から11年までのエネルギーと食料を除く財価格の平均上昇率は0.1%であり、日本の財価格上昇率マイナス0.5%とあまり大きな差はない。

日本で財とサービスのウェイトはほぼ半々であることを考慮すれば、消費者物価総合の上昇率が2%である場合のサービス価格の上昇率は、3%程度になっているはずだ。過去の実績ではマイナス0.1%なので、かなり大きな変化だ。

第3は賃金だ。物価上昇率だけが高まって賃金が伸びなければ、労働者の実質所得は減少してしまう。したがって、賃金上昇率は2%以上でなければならない。黒田東彦・日銀総裁は、「物価上昇は賃金上昇を伴う」と国会で答弁している。

では、それはどのようにして実現されるだろうか? 企業に賃上げを要請するだけではできないことが、今年の春闘でわかった(第1回集計によると、大企業の定期昇給を含む賃上げ率は、前年の初回集計値より0.03ポイント減の1.91%)。

また、製造業の多くの分野で、生産は海外で行われている。日産自動車やホンダでは7~8割が海外だ。家電では、海外で生産して輸入するのが、一般的だ。したがって、円安は海外生産からの配当の円換算値を増やすが、国内の雇用は増やさない。このため、円安で賃金が上昇するとは考えにくい。だから、国内に高付加価値産業が誕生しなければならず、その方策が成長戦略で示されなければならない。ごく一部の産業や企業で2%の賃金上昇が実現するということさえ難しいが、必要とされるのは、経済全体としての賃金上昇率が2%を超えることだ。

2年のうちにこれを実現しなければ、労働者の生活は貧しくなる。しかも、実際には、消費税の増税も加わる。実体経済の状況を考えると、「2%以上の賃金上昇率」は、至難の課題だ。

2%目標は国債暴落宣言と同義

「消費者物価上昇率が世界標準になれば、名目金利も世界標準になる」と述べた。現在、日本の10年国債の利回りは0.58%だが、こうした超低金利状態は、とても維持できない。

アメリカの物価上昇率はほぼ2%なので、金利も同水準になると考えることができる。アメリカ10年債の現在の利回りは、1.71%だ。すると、日本の10年債金利は、現在の水準からこの水準まで、1.1%ポイントほど上昇することになる。これは、国債価格の暴落を意味する。

金利が上昇した場合の国債の価格下落がどの程度になるかは、保有国債のデュレーションD(近似的には、保有国債の平均残存期間)に依存する(詳細は、拙著『金融緩和で日本は破綻する』〈ダイヤモンド社〉を参照)。金利が一律に1%ポイント上昇する場合の国債価格下落率は、Dが3.5年なら3.3%だ。

日銀は、4月17日に公表した『金融システムレポート』で、金利が一律に1%ポイント上昇すると、国際基準行(国際的に業務を展開する銀行)の損失率は3・2兆円であるとした。

なお、同レポートは、貸し付けなどで得られる資金利益の変化も算出し、長期金利のみが上がる場合は、金利上昇幅によらず、評価損を上回って資金利益が改善するとした。また、金利が一律に上がる場合は、評価損が資金利益の改善幅よひも大きくなり、銀行の自己資本比率が低下するが、「自己資本基盤が大きく損なわれることはない」とした。この結論は、確かにそうだろう。しかし、問題はそれだけではない。

第1に、国債暴落を予想した投資家は、現時点で国債を売る。とりわけ、海外投資家はそうするだろう。銀行も「自己資本への影響は軽微だから、保有し続けて額面の償還を受ける」という行動を取るとは限らない。問題は、はたしてこうなるのか、それとも前回述べたように金利が下がり過すぎるのか、その見通しがつかないということなのだ。

第2に、前回述べたように、金利が上昇すれば、日銀は保有国債の値下がりによって損失を被る。

このように、物価上昇率2%目標の達成は、日本の金融システムが大混乱に陥ることと同義なのである。

財政赤字が拡大し金利がさらに上昇

年金はインフレスライドする。賃金が物価上昇率とともに上昇すればよいが、それができずに給付だけが増大すると、年金財政は悪化する。

財政支出には、年金以外にもインフレスライドするものが多い。多くはサービス価格に連動する。先に述べたようにサービス価格上昇率は3%程度になるので、財政支出の増加率を2%より高くなる可能性が高い。また、金利が上昇すれば、国債の利払い負担も増加する。こうしたことから、財政支出伸び率は2%をかなり超えるだろう。

もちろん、物価上昇率が高まれば税収も増える。しかし、現在の日本では、税収は歳出の半分程度しかない。したがって、消費者物価上昇率が高まると、財政赤字はかなり拡大するのである。これにより、国債発行が増大し、それが金利高騰をさらに加速させる。

物価上昇率が高まると、国債残高の実質価値は下落し、その意味で財政は楽になる。しかし、その半面で、単年度の財政赤字は拡大するのである。

過去20年程度の日本の財政は、低インフレ率、低金利という基本条件の下で維持し得たのだ。その条件が崩れてしまうと、現在でも危機的な状況にある日本の財政がどうなるのか、想像もできない。

物価は、実体経済の動きに対応して決まるものだ。物価のみを実体経済から離して動かすことはできない。仮に実現できたとしても、以上の試算が示すように、経済が大混乱に陥る危険が高いのだ。

日銀は「経済・物価情勢の展望」を発表し、実質GDPと消費者物価指数についての見通しを示した。しかし、以上のような疑問には答えていない。

誰もが知りたいと思っているこの問題への答えを示すべきだ。

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