円安・株バブルでは実体経済は改善せず

日本銀行が新しい金融政策を決定した。これによって、円安が進み、株価が上昇した。

ここ数カ月の株価は、「円安なら株高」という思惑で上昇していた。為替レートは、当初はユーロ情勢の変化で円安になったのだが、日本政府がこれを歓迎したため、投機が起こって円安が加速した。今回の金融緩和によって、為替と株のバブルはさらに煽られたことになる。日本は、国際的投機資金のカジノと化した。

しかし、バブルが拡大したからといって、実体経済が改善するわけではない。経済活動が攪乱される側面のほうが強い。

実体経済を見ると、悪化が顕著だ。前回見たように、2月の輸出は、数量ベースでは対前年比マイナス15.8%という大幅な落ち込みだ。3月の輸出総額は、対前年比1.1%増となった。ただし、円安を反映して価格指数が12.1%上昇した影響が大きい。数量指数は、9.8%も減少しているのである。円安にもかかわらず、輸出数量は2012年秋以降、対前年比マイナスを続けているのだ。

このため、国内生産が増えない。自動車は、国内需要がエコカー補助金の終了で激減し、輸出台数が落ち込んでいるため、生産が増えない。数量が増えないため、為替レートが円安になっても、輸出や海外生産からの売り上げが増えない。この状態の下では、利益も増えない。

もちろん、将来もこの状態が続くというわけではない。世界景気が回復すれば、輸出の落ち込みは止まるだろう。そうなれば、輸出メーカーの利益は増える。また、海外生産から生じる利益も増える。ただし、これは、「世界経済が回復すれば」という条件が満たされた場合のものだ。

他方で、円安のマイナス効果は確実に生じている。ガソリンや食料品価格の上昇がすでに生じている。これから電気料金が値上がりする。素材産業では、円安によって原料価格が上昇するため、円安で利益が減少する可能性がある。

このように、円安で得をする人はいるか、他方で損をする人もいる。だから、円安の利益は、経済全体から見れば移転にすぎない。

円安だけでは設備投資は増えない

重要なのは、資産市場でのバブルではなく、リアルな経済活動が活性化するかどうかである。このためには、設備投資の増大が不可欠である。しかし、現在の日本では、右に見た事情があるので、設備投資が増えない。

この状況は、設備投資の先行指標である機械受注の動向に表れている。船舶・電力を除いた民需の受注額(季節調整値)の前月比は、2月には7.5%増となったのだが、これは1月の数字がマイナス13.1%という大幅な減であったことの反動にすぎない。前年同月比で見ると、いまだに8.4%減と、大きく落ち込んでいる。また、3月の工作機械受注は、対前年比21.6%の減少だ。これから見る限り、設備投資が増加する気配はうかがえない。

もちろん、いま増えていないからといって、今後も増えないとは言えない。そこで、今後を考える参考として、01年からの量的緩和で何か起こったかを検証しておこう。

01年に開始された量的緩和措置によって、マネタリーベースは、01年1月の68兆円から04年1月の108兆円まで59%も増加した。しかし、マネーストックにはほとんど影響が及ばなかった。M3の伸び率で見ると、02年から06年まで、伸び率は量的緩和導入前より低下したのである。

実質民間企業設備の対前年比を見ると、01年はマイナス0.4%、02年はマイナス5.2%である。つまり、金融緩和は設備投資という実体経済に影響を与えられなかったのだ。

設備投資が増えたのは、03年ごろからだ。そして、07年まで非常に高い伸び率が続いた。それは、02年から輸出が増えたからだ。そして、前回述べたように、輸出が増えたのは、円安によって日本の輸出の価格競争力が高まったからではなく、アメリカで住宅バブルによって消費ブームが起き、これが日本からの輸入を増加させたからだ。今後の動向についても、同じことが言える。つまり、実体経済の動きを規定するのは、円安ではなく、世界経済が復調するかどうかである。

今回の日限の決定は「マネタリーベース」の増加が主要な内容だが、これは日銀にとっての政策手段である。そして、マネーそのものでなく、その元になるものである。つまり「オカネの種」のようなものだ。それがどのようにしてオカネ(マネーストック)に影響し、そしてどのようにして設備投資に影響するのか。日銀の発表では、これらは、「期待」という極めて曖昧なものによってしかつなかっていない。これまでのデータを見ると、マネタリーベースが増えたにもかかわらず、マネーストックはほとんど影響を受けていない。つまり、マネタリーベースの増加は効果がなかったのだ。

日銀は、今後の道筋を数字で示すべきだ。少なくとも、マネーストックの伸びの予測値を示すべきである。なお、株投機のための借り入れが増えれば、貸し出しが増え、マネーストックが増大する可能性もあるが、そうしたことが生じても、何の意味もない。そこで、設備投資がどうなるかを数字で示すべきだ。

無謀な金融緩和が抱える危険

実体経済への波及が不確実である半面で、過激な金融緩和は、さまざまな危険を抱えている。

第1は、キャピタルフライトである。円安が進むと、円資産からの脱出が始まる。FXや富裕層では、そうしたことがすでに生じている可能性もある。日本政府が円安の進行を歓迎しているため、日本政府の介入を心配せずに円安方向への投機ができる。海外のファンドなどによる円安への投機は、すでに生じていると思われるし、今後さらに激化する可能性がある。

今後円安がさらに進めば、輸入物価が高騰して、消費者物価指数の伸び率が高まる可能性はある。しかし、そうなっても、日本人の暮らしは苦しくなるばかりだ。

第2は、財政規律の喪失だ。今回の国債購入は、新規国債発行額以上を日銀が買うことを意味する。しかも、日銀引き受けに近い形である。このため、財政規律はいま以上に弛緩する。実際、社会保障制度の見直しなどは、話題にも上らなくなってしまった。財政の基本的な問題は、なんら対処されることはない。ただ問題が深刻化していくばかりだ。

通常であれば、金利の上昇が国債増発をチェックするのだが、日銀の購入によってそれが現実化しないため、問題が隠蔽され、財政状況はとめどもなく悪化する。何かのきっかけで国債市場に変調が起きて金利が上昇すると、破滅的な事態になる。

第3は、日本企業の体質改善が中途半端になることだ。電機産業に典型的に見られるように、日本の製造業は、ビジネスモデルの抜本的な組み替えを要求されている。ところが、円安や株価上昇は、問題を覆い隠してしまう(04~07年ごろの円安期にも同じことが起きた)。

リアルな問題は、リアルな対応によってしか解決できないことを銘記すべきだ。「期待」が動かすことができるのは、為替レートや株価などの資産価格だけである。賃金や消費者物価は、「期待」によっては動かないのだ。

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