正常な動きであるドル安と米景気後退

サブプライムローン問題が顕在化して以来、「動揺する世界経済」とか「アメリカ一極体制の終焉」といったタイトルの論説をよく見かけるようになった。アメリカ経済が衰退し、それがドル安に象徴されているというものだ。

以下では、ドル安とアメリカの景気後退は、アメリカの衰退や世界経済の不安定化を意味するものではなく、アメリカの過剰支出が是正されて世界経済が新しい均衡に向かう正常な過程であることを指摘する。

この議論の基本は、「国内生産+輸入=国内支出+輸出」という財サービスの実物的なバランス式だ。これは事後的には常に成り立つ恒等式だ。これを書き換えれば、「国際収支の経常黒字=国内生産-国内支出」となる。

これまで、アメリカの経常収支は赤字が継続していた。これは、国内生産を上回る国内支出(消費、投資、政府支出)が行なわれていたことを意味する。海外で生産されたものを輸入することで、不足分を補っていたわけだ。

一方、国際収支においては、長期的に見ると、「経常赤字=資本収支の黒字」という関係が成立する。したがって、アメリカの資本収支は黒字(資本流入)になっていた。

この半面で、アジア諸国のマクロ経済構造は、逆のパターンになっていた。その典型が日本と中国である。これらの国では、経常収支が黒字だ。これは、国内の支出が生産を下回っていることを意味する。その差はネットの輸出として外国に向かう。国際収支面では、資本収支が赤字(資本流出)になっている。

つまり、アメリカは過剰支出を日本や中国からの輸入で補い、経常収支赤字を日本や中国からの資本流入でファイナンスしてきたわけである。以上が、これまでの世界経済の基本的な構造だ。

アメリカの過剰支出が減少する必要がある

以上の関係について、しばしば見られる誤解について言及しよう。アメリカが経常赤字を継続できるのは、「ドルが基軸通貨であるために、ドル紙幣を印刷するだけで海外からいくらでも買えるからだ」という人がいる。しかし、これは誤りである。ドルが国際決済の手段になっているのは事実だが、その価値を維持できるかどうかは、別問題だ。ドル紙幣をいくら印刷したところでその価値が下がってしまえば、アメリカは経常赤字を縮小せざるをえなくなる。

経常赤字を継続できるのは、すでに述べたように日本や中国などのアジア諸国からアメリカへの資本流入があるからだ。それはアメリカへの投資が将来返済不能にならないことを期待してなされてきた。その期待が正当化される限り、アメリカは経常赤字をいつまでも続けられる。それは、企業が借入れを続けたままでもよいのと同じことだ。

したがって、右で述べたプロセスを長期的に継続するためには、アメリカに流入した資本が将来の生産力増強に使われる必要がある。ところが、アメリカの支出のなかには、この観点から見て疑問なものがある。戦争関連支出がそれであると指摘されるが、量的に見て大きいのは住宅だ。この背景には、税制の歪みがある。

アメリカの所得税では、個人が住宅ローンに支払う利子が所得控除される(日本をはじめとする多くの国では所得控除されない)。その半面で、居住者が得る住宅サービス(「帰属家賃」)は、課税所得とはされない。だから、この扱いは、借入れで住宅を購入することに過大なインセンティブを与え、住宅投資を過剰にする。

これは昔から指摘されていたアメリカ経済の問題点だが、最近の住宅ブームはその歪みを拡大した。したがって、長期的継続可能性という観点から見れば、住宅投資を抑制する必要がある。それによって経常収支の赤字を減らすべきなのだ。

これまでアメリカ人の過剰支出を可能にしていた価格面の要因は、購買力平価に比べてドル高に偏った為替レートだ。それにより、アメリカ人は、外国で生産されたものを安く買えたのだ(その典型が日本車だ)。

したがって、過剰支出を是正するには、ドル安になる必要がある。ドル安を実現するには、アメリカが金利を引き下げればよい。それによってアメリカへの資本流入が減るからだ(金利引き下げが住宅投資をさらに促進する可能性はなくもないが、これまでの住宅投資は住宅価格の上昇による面が強かったので、そうはならないだろう)。これが、今生じているドル安の動きである。

このきっかけは、サブプライムローン問題だった(転換の端緒が住宅に関連していたのは、以上で述べたことから当然である)。しかし、根底には、以上で述べたマクロ経済の構造がある。アメリカの過剰支出(国際収支で見れば、大きすぎる経常赤字)は、いつかは是正されなければならないものだった。その過程でドル安は不可避だ。それが今実現している。だから、現在生じていることは、世界経済がより不安定化することではなく、より安定的な(長期的に継続可能な)かたちへと正常化してゆくことである。それは、アメリカの経常赤字が適正なレベルまで縮小すれば達成される。アメリカの消費や住宅投資の減少は、そのために必要とされることだ。

だから、現在生じているドル安は、アメリカ経済の破綻を示すものではない。実際、アメリカ国内には、グーグルをはじめとしてきわめて収益率の高い新しい企業が多数登場していることに注意が必要だ。

世界経済のマクロ調整に日本は対応できるか?

問題は、こうした世界的なマクロ経済調整に、日本が対応できるか否かである。

円高・ドル安により、日本の経常黒字は縮小する。それによって、長期的に継続可能な資本流出も減る。したがって、世界経済全体としては、つじつまが合う。

しかし、日本国内には大きな摩擦が生じる。なぜなら、日本の経常黒字の縮小は、需要の縮小と経済成長率の低下を意味するからだ。それを補おうとすれば、内需を拡大しなければならない。しかし、消費や投資を増加させるためのマクロ経済的な政策手段は、現時点では考えにくい。政策的に増やしうるのは政府支出だが、現在の政治状況を考えると、ムダな支出を増やす結果となるのはほぼ間違いない。それは、日本経済の長期的な成長可能性を大きく削ぐだろう。だから、外需の落ち込みは放置せざるを得ず、経済成長率の短期的な落ち込みは避けられない。

ここで考えるべきは、これまでの世界的マクロ経済構造は、日本にとって本当に望ましいものであったかどうかである。

日本人は、生産したものをすべて使ってしまうのではなく、その一部をアメリカに回し、アメリカの過剰支出を支えた。そのうえ、アメリカがそれをファイナンスする手助けとして、アメリカに投資をした。しかし、その投資は、ドルが減価したため価値を失った。後者は、対外資産の運用において日本が賢くなかったことの結果である。

日本のグロスの対外資産残高は、いまやGDPとほぼ同規模だ。だから、その運用利回りを向上させることができれば、経済成長率を同率だけ引き上げたのと同じ結果を実現できる。

ものづくりと輸出大国をひたすら追い求めた結果、日本経済は行き詰まりに直面している。日本の経済政策について、根本的な発想の転換が必要だ。

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