日銀独立性の否定は戦時経済への逆戻り

日本銀行総裁は、政府や市場とのコミュニケーションと対話を密にすべきだと言われる。その通りだ。

ただし、「そして、政府と同じ目標を持ち、同じ政策を追求すべきである」という人が多いのだが、それは違う。政府との対話の結果、日銀が政府と異なる見解を持つことはあり得る。それが日銀の「独立性」である。なぜ日銀の独立性が必要なのか? 一言で言えば、インフレを防止するためだ。多額の財政赤字に悩む政府は、インフレを起こしてその実質残高を減らすことを望みがちである。通貨の番人としてそれを防ぐために、日銀に独立性を与えることが必要になる。

現在の日銀法では、独立性が保障されている。政府が日銀に指示したり命令したりはできないこととなっているのだ。

これは、1989年までの旧日銀法と大きく違う点である。旧法では、大蔵大臣が日銀に指揮命令できることとされていた。その結果、戦時国債の発行が膨大となり、また終戦直後の傾斜生産方式の財源を日銀引き受けの国債で賄うなどの問題が生じた。このため、戦時中の統制が終わると、インフレが生じた。物価水準は、44年の2.1から51年の310まで、148倍に増加したのである。

このため、国債は紙くずになってしまった。いまでも、地方の旧家に行くと、「国債を買うな。紙切れになる」といった家訓が残っているところがある。インフレの負担は、常に国民が負うのだ。

旧法は、42年に、ナチスドイツのライヒスバンク法をモデルとして作られた戦時立法で、戦時経済体制の核を成していた。私は、「戦後の日本経済は戦時経済体制の上に築かれた」とし、それを「1940年体制」と名付けた。高度成長は、1940年体制の下で実現されたのである。

しかし、80年代後半のバブルと不良債権の増加などを背景とする金融混乱によって、この体制も崩壊した。そうした過程の中で、日銀法も改正されたのである。

いま、金融緩和政策を進めることと関連して、日銀法を改正し、政府の日銀に対する指揮命令権を強化しようとする意見が政府部内にもある。これは、日銀の独立性を否定し、日本を再びインフレの危険にさらそうとするものだ。

第644回で、安倍内閣の経済政策は「右傾化」ではなく「左傾化」であると述べた。戦時経済体制とは、「左傾化」である。安倍内閣は、金融においても、この意味における左傾化を目指しているのだ。

物価目標は、日銀の独立性を奪わないと実現できない

日銀の1月22日の金融政策決定会合で、物価上昇率の目標を2%に引き上げることが決まった。この問題は、日銀の独立性と密接に関わっている。その理由を以下に述べよう。

まず、過去のデータが示すところでは、これまで消費者物価指数の伸び率が年率1%を超えたのは、2008年に原油価格が異常に高騰したときだけだ。したがって、1%すらおぼつかない。ましてや2%は到底実現できない。

これに対して、¬日銀が日銀券をどんどん刷ってばらまけばよい」と言う人がいる。しかし、日銀は銀行なので、日銀券をタダでばらまくことはできない。ばらまけるのは、政府である。公共事業や給付金のような形で支出をすれば、日銀券をばらまくことができる(この点は重要である。「財政政策と無関係に金融政策を行ってマネーストックを増やせる」と考えている人が多いのだが、そうではない。以下で述べる「買いオぺ」が純粋な金融政策だが、それによって直接にはマネーストックは増えない。マネーストックが増えるのは、政府支出が行われたときである)。

ただし、政府がばらまきを行うには、財源が必要だ。いまの方式だと、銀行に国債を売って財源を調達している。しかし、この方式だと、「物価目標が達成できるまで、いくらでも無制限に」というわけにはいかない。なぜなら、金利が上かってしまうからだ。

そこで、銀行が持っている国債を日銀が買う必要がある。これが、「金融緩和」と言われていることの内容だ。しかし、この方式も行き詰まる可能性がある。実際、応札額が応募額に届かない事態(札割れ)が続出している。

ところが、日銀引き受けで国債を発行すれば、日銀が同意する限り、市場の制約なしに「いくらでも無制限に、物価目標が達成できるまで」財源を調達できる。だから、いくらでもばらまくことができるわけだ。

しかし、日銀がノーと言えばできない。実際、日銀はノーと言わなければならない。

なぜなら、日銀引き受けを認めてしまうと、以下に述べるようにインフレが起こる。だから、日銀法に規定してある「物価の安定」を実現できないことになり、通貨の番人としての役割を放棄してしまうことになるからだ。

したがって、インフレ目標を実現するには、日銀法を改正して、政府が日銀に命令できるようにする必要がある。このような意味において、インフレ目標問題と日銀の独立性は密接に関連している。

資本逃避が起きれば日本経済は破壊される

では、日銀の独立性を奪い、インフレ目標を実現すれば、日本経済は再生できるのだろうか? そんなことはない。まったく逆であって、日本経済はこれによつて破壊されるだろう。

日銀引き受けによって、政府は、いくらでも財源を調達できる「打ち出の小づち」を手にすることになる。政権党は、人気取り政策のためにいくらでも支出ができる。だから財政支出はとめどもなく増加する。財政赤字は拡大するが、金利上昇などの心配をする必要はない。

しかし、経済全体の供給能力は増えていないのだから、需要が際限なく増えれば、どこかで供給限界にぶつかる。そうすると、インフレが引き起こされる。

「その時点で拡張政策をやめればよいではないか」と言う人がいるかもしれない。しかし、そうはいかない。

まず第1に、膨張してしまった財政支出を元に戻すのは、政治的に極めて難しい。戦後インフレのときには、占領軍の絶対権力を背景として「ドッジライン」という緊縮財政を断行し、やっとインフレが終息した。しかし、いまの政治情勢の下では、こうした強硬策はとても実行できない。

第2の問題は、インフレが予想され、円資産の実質減価が予想されると、資金の海外逃避(キャピタルフライト)が起きてしまうことである。

その結果、円か暴落し、輸入価格が高騰する。これがインフレ率を高めるという悪循環が発生する。いったんキャピタルフライトが生じた後の悪循環は、コントロールできないのだ。これは、40年代のインフレのときにはなかった問題だ。

資本が海外に流出するため金利が高騰し、国債に対する信頼が失われ、国債価格が下落する。それはさらに金利を高騰させる。こうして、日本経済は急速に破壊される。

こうした事態を未然に防ぐため、日銀の独立性を維持して、通貨の番人としての機能を強化させる必要がある。現在の財政法の下でも、国会が議決すれば日銀引き受けは可能だ。したがって、次期日銀総裁候補者に聞くべき最も重要な質問は、「仮に政府が国債の日銀引き受けを求めてきた場合、それを受け入れるのか、あるいは拒否するか」である。

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