気がつけば日本はガラパゴス諸島

「ガラパゴス現象」とは、隔絶した環境下で独自の生態系が進化を遂げる現象を指す。大陸から遠く離れた東太平洋のガラパゴス諸島に、巨大なゾウガメやリクイグアナ、ヨウガントカゲなどの特殊な生物が進化したことから、こう言われる。

最近、日本の携帯電話に関連して、この言葉を聞く。日本では、携帯電話の通信業者が独自の通信方式を守ろうと、仕様を決めて機器メーカーに開発・生産を委託する。このため、通話方式も通話機も、日本の国内市場でしか通用しないものとなってしまった。

その結果、日本の携帯電話市場は、日本国内限定仕様の端末メーカーがひしめき合う状態となった。携帯電話の世界市場では、フィンランドのノキア、韓国のサムスン電子、アメリカのモトローラなどが優勢であり、世界市場でのノキアのシェアは15%だ。しかし、日本のシェアは全体で10%程度で、その中で数社が競っている。つまり、ガラパゴス化によって日本の携帯電話の国際競争力が失われたわけだ。

この比喩には、若干の違和感を覚えないわけでもない。しかし、これが日本の現状をよく表していることは否定できない。ガラパゴスの特異な生物の写真はよく見ているので、視覚的に訴える力もある。実際、そう思って周囲を見渡してみると、携帯電話以外にもいろいろなものがゾウガメやイグアナに見えてくる。なるほど、日本はいつの間にかガラパゴス諸島になっていたわけだ!

日本語の壁がガラパゴス化をもたらす

もともと日本には、ガラパゴス化が進展する条件があった。最大の要因は、人口の多さだ。1億2000万人もの人口がいるため、国内市場だけを相手にしても商売が成立してしまう。

製造業は世界のマーケットを相手にしているが、情報関係のビジネスは、日本語の壁によって国際競争から守られている。したがって、顕著なガラパゴス化が進展する。その例は、大学・マスメディア・出版だ。

長い伝統を誇るオックスフォード大学も、アメリカ式のビジネススクールを導入せざるをえなくなった。「英語」という共通言語で教育しているため、新しい流れに対応できなければ学生にそっぽを向かれてしまうからだ。しかし、日本の大学では、こうした対応をする必然性がない。日本語しか話せない日本人学生が来てくれるからだ。このため、コンピュータサイエンスやファイナンスなどの分野では、世界の潮流から大きく立ち遅れた。その遅れは、今でも続いている。

英紙『タイムズ』の2007年世界の大学ランキングで東京大学が17位にしかならなかったことが問題視されている。しかし、取り上げられているだけましだ。インターネット上の百科事典「Wikipedia」(英語版)の人名データベースに大学別のリストがあるが、日本の大学では京都大学しか取り上げられていない。

中国の図書館に中国語の本しかないので、違和感を覚えたことがある。しかし、考えてみれば、日本も同じだ。高等教育の最後の段階まで英語以外の自国語の教科書が存在するのは、日本、中国、ロシアくらいなものだろう。

留学生の面でも日本の孤立化は顕著だ。スタンフォード大学における日本人留学生の激減について、この連載でかつて述べたことがある。韓国人がアメリカのプレップスクール(高校レベルの全寮制の学校。エリート教育の場となっている)にも進出しているのとは、著しい対照をなす。

インターネットで全世界が結ばれる時代になって、日本の孤立化は加速した。グローバリゼーションというが、日本がやっているのは、貿易を通じるものだけだ。オンラインアウトソーシングでは、どうしようもなく立ち遅れている。「アメリカで企業に電話をかけるとインドにつながる」という話をしても、別世界の出来事としてしか受け取られない。

前号で述べたように、『ニューヨーク・タイムズ』は、インターネットにおける過去記事の検索と閲覧を無料化した。しかし、日本の新聞は、このサービスに高額の料金を課している。日本語の壁に守られているから、それで問題はないと考えられているのだろう(本当はそうではないのだが)。日本のある大新聞に寄稿した原稿で「シェイクスピア」と書いたら、「シェークスピア」と直された。「その読み方では世界に通用しない」と抗議したところ、「当社の規則ではこうなっています」と修正を拒否された。

ビジネスにおけるガラパゴス現象は、携帯電話に限らない。かつて日本には、商用のメインフレームコンピュータのメーカーが3社もあった。これは、アメリカ以外では日本だけのことだった。日本の技術が高度だったこともあるのだろうが、日本語の壁が作用したことも否定できない。「日本語を理解できるコンピュータ」や「日本語で頼める技術サポート」が、国産メーカーの武器になったことは疑いない。

事実、PCの時代になってからのNECの9801は、明白に日本語の壁に守られた機械だった。1990年代に入ってIBM互換機の登場で一挙にシェアが落ちたことを見ても、それは明らかだ。

ガラパゴス化は未来への道を閉ざす

日本の国内では、ガラパゴス現象を望む声が強い。それは、外国からの投資への拒否に明確に表れている。ブルドックソース事件に見られたように、「日本企業をハゲタカ外資から守らなければ」という考えは、日本国内で感情的な支持を受ける。日本企業にとってみれば、強大な外敵の侵入をはねつける万里の長城のようなものだ。ウィンブルドン現象はガラパゴス現象の対極にあるものだが、それが日本で起こるとは考えられない。

日本の金融はサブプライム問題の直接の影響は軽微だった。しかし、それは誇れることではない。リスクを適切に管理したというよりは、リスクのある投資をしなかっただけのことだからだ。実際、サブプライム問題の影響を受けずにすんだかといえば、そうではない。この連載で何回も述べたように、円安バブルが崩壊して株価が下落した。円安は日本人の生活を貧しくするものだが、その是正が政治的圧力にならなかったのは、日本がガラパゴスだからだろう。

日本国内に閉じこもるだけならまだしも、企業の中に閉じこもる。従業員が10万人を超す巨大企業になれば、組織外のことは見えなくなる。こうして、「ガラパゴスの中のガラパゴス」という事態が発生する。本連載の第406回で述べたNGNが、新しいガラパゴス現象を引き起こす原因にならないという保証はない。

ガラパゴス諸島で特異な生物が進化したのは、天敵がいないためだ。つまり競争条件が欠如しているのである。経済におけるガラパゴス化についても同じことが言える。それこそがガラパゴス現象に対して否定的な評価を下さざるをえない理由だ。進歩は競争によってしか実現しない。ガラパゴス化によって競争が失われることは、進歩の可能性を放棄したことを意味する。

伝統や独自の文化を守ることが重要なのは、間違いない。しかし、この言葉は、しばしば「なにもしないこと」の正当化に使われる。伝統と条件変化への対応を調和させるのは、難しい課題である。しかし、ガラパゴス化が日本固有の伝統や文化を守るための答えにならないことは、明らかだ。

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