年金積立金不足は将来を映す水晶玉

企業年金について、現在次の二つが、問題になっている。

第1点は、厚生年金基金の廃止問題だ。厚生年金基金は、厚生年金の一部を代行運用するもので、中小企業の加入が多い。しかし、多くの基金が積立金不足に陥っている。

国に返上するには不足分を埋める必要があり、そのためには、企業が重い負担を負わなければならない。それを避けるために高い運用利回りを求めたことが、AIJ問題の原因になったと指摘された。

そこで、返上の条件を緩和して厚生年金基金制度を廃止しようという方向が考えられている。その際、合計で1兆円を超えるとされる不足分をどう補填するかが問題だ。

現在検討されているのは、不足額を厚生年金の積立金で埋め、10年程度をかけて基金制度を廃止する案だ。しかし、そうすると、自己責任で積立金不足を解消してきた企業との間で、公平上の問題が起こる。だから、安易な処置はできない。

企業年金に関して問題とされている第2点は、積立金不足額の企業会計上の扱いだ。

企業年金会計では、企業は社員の将来の年金・退職金給付について、割引現在値を算出する。これが「退職給付債務」だ。これから年金資産額を差し引いた額が、積立不足(「未積立退職給付債務」)である。これは、その時点までに費用処理した額(「退職給付引当金」)と、「未認識債務」とからなる。

現在の会計基準では、積立不足を十数年程度で毎年費用処理することが認められている。そして、残額は決算書に簿外債務として注記すればよいことになっている。

これに対して、2014年3月期の連結決算から適用される新しい会計基準では、不足額の全額を貸借対照表に計上することとした。混在は簿外にある不足額が一気に負債とされれば、貸借対昭義の負債総額が急増し、自己資本が減少する。これは、企業によっては、深刻な問題を引き起こすことになる。

例えばシャープの場合、12年3月期の決算では、連結貸借対照表に退職給付引当金として60億円が計上されている。しかし、積立不足は784億円に上る。したがって、積立不足が反映されれば、自己資本は大きく減ることとなる。

これからの企業年金をどうするか?

右に見た二つの問題は、確かに重要だ。しかし、問題はそれだけではない。本当の問題は、将来に向かって企業年金をどう運営するかだ。

この問題について判断するには、企業年金の積立金不足が全体でどの程度のものかを知る必要がある。

東洋経済新報社『会社四季報』(12年第1集)は、積立金不足を抱える上場企業は1934社あり、不足額の合計は8兆0518億円であるとしている。「日本経済新聞」(12年5月9日付)は、3月期決算上場企業1692社(11年3月末)の積立不足は総額5兆2863億円であり、自己資本全体の3.8%に相当するとした。積立不足が自己資本の2割を超える企業が42社あるとも報じている。

これで見る限り、不足額は驚愕するほどの規模ではない。少なくとも、前回述べた公的年金の積立不足に比べれば小さい。しかし、国が問題を放置できるのに対して、私企業の積立不足は、市場で企業価値の評価に反映されるため放置できないという問題がある。

また、積立不足の評価が適切なものであるか否かも問題だ。なぜなら、退職給付債務の計算結果は、割引率としていかなる値を用いるかで、大きく異なるからである。現在は、積立金の運用利回りと同じ高い利率を用いているが、実際の利回りは低下している。だから、本来はもっと低い割引率を用いるべきだ。そうすると、退職給付債務は増大し、不足額も増大する。

そして、社員の高齢化や企業の収益減少といった問題も生じる。これらは、基本的には公的年金が抱えるのと同じ性質の問題だ。こうした事情を考えると、現在の制度をそのままで維持できないことは、ほぼ間違いない。

ところで、積立金が不足する場合、本来は給付を削減すべきだ。なぜなら、積立金不足の基本的な原因は、これまでの拠出に対して大き過ぎる給付を約束していることにあるからだ。積立不足の原因は運用の失敗と言われることが多い。確かにそれも無視できないが、基本は高過ぎる給付水準である。

日本航空(JAL)が10年1月に会社更生法の適用を申請したが、そこに至る過程での最大の難関の一つは、約2400億円の積立不足に陥った企業年金の処理であった。現役社員とOB全受給者の3分の2の同意を得て、年金額を3~5割減額する交渉がまとまったため、前進が可能になったのである。

JALの場合は、会社の存亡が懸かるぎりぎりの状態だったので、合意を得ることができた。しかし、一般には、給付の切り下げは難しい。すでに財産権化しているからだ。だから、将来の拠出金を増やすことで対応される可能性が高い。

「負担が先送りされて将来世代が負う」という意味で、公的年金の場合とまったく同じ問題を抱えているのである。

不足額が広く認識されれば新陳代謝が進む

「企業年金の負担が先送りされる」とは、現役の社員や、これから就職する社員が負担を負うということである。企業年金の掛け金は、企業が全額拠出するのが普通だが、これは会社の贈り物ではない。給与の一部が充てられていると考えるべきだ。したがって、先輩たちの給付を賄うために、若い世代の給与が減るのだ。これは、ゼネラルーモーターズの場合と同じ構造だ(同社では退職した社員の年金や医療保険のために、会社が多大の負担を強いられていた)。

つまり、明白な世代間移転が生じるわけだ。重要なのは、移転の程度が企業によって異なることだ。それがどの程度のものであるかは、年金積立金の不足額を見ればわかる。だから、これから就職先を決めようとする学生諸君は、すべからく企業年金の不足額を調べるべきだ。

国を選ぶことは難しいが、企業を選ぶことはできる。だから、不足額の大小が就職の選択に大きな影響を与えて然るべきだ。

ベンチャー企業は、そうした負担を負っていないから、これから就職するには有利だ。積立金不足に関する情報が広く知られるようになれば、人材だけでなく、さまざまな資源が、古い企業から抜け出し、新しい企業に集まる。それによって、経済全体の新陳代謝が進むことになる。

このように、年金積立金不足額は、企業の将来を占うための重要な資料なのである。それが、今回の会計基準の改正で明白に公表されるようになったのは、歓迎すべきことだ。

国も、公的年金の積立金不足を、明確に示すべきだ。情報公開だけで問題が解決するわけではないが、事態がどうなっているかを明らかにするのは、問題解決の第一歩だ。

「賦課方式だから積立金はいらない」とか、「これは二重負担を示すものであって積立不足ではない」というような詭弁はやめるべきである。そして、現在のように資料の中に目立たない形で置かれている試算ではなく、財政検証の正式なデータとして位置付ける必要がある。

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