公的年金積立金は550兆円も不足

厚生年金を清算して解散することは可能だろうか?これに関するデータは、厚生労働省年金局数理課「平成21年財政検証結果レポート国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し」(詳細版)2010年3月にある。

それによると、厚生年金の場合、「過去期間に係る給付」が830兆円だ。これは、これまでの保険料負担に対応する給付だ。つまり、いま年金を受給しているか将来年金を受給できる人が、将来にわたって得る年金のうち、すでに支払った保険料に対応する分の割引現在値だ。給付に対しては、国庫負担金が一般会計から支出される。その現在値が「過去期間に係る国庫負担」であり、これは190兆円だ。したがって、厚生年金が受け持つべき額は、830兆円-190兆円=640兆円になる。ところが、積立金額は140兆円だ。だから、500兆円不足している(前回述べたように、現在の積立金はさらに減少している)。

国民年金については、「過去期間に係る給付」が120兆円、「過去期間に係る国庫負担」が60兆円、積立金が10兆円なので、不足額は50兆円だ。不足額を合計すると、550兆円というとてつもない額になる。

だから、到底解散できない。日本の公的年金は、「清算できないから自転車操業で続けざるを得ない」という恐ろしい状態になっているのである。

ところで、この不足額は、公的年金が抱えている潜在的な債務と考えることができる。なぜなら、いま公的年金を清算しようとすれば、それだけの額を調達する必要があるからだ。

もちろん、公的年金を清算する必要はない。だから、不足額をいま調達する必要はない。しかし、その分は、国が加入者(雇用者を含む)から「借りているのだ」。なぜなら、加入者はすでに保険料を払い込んでいるから、解約してその返還を求めてもいいはずだ。実際には、それは法律によって禁止されている。つまり、国は加入者に対して、国に貸し付けることを法律で強制していることになる。

この借金に対して、借入証書は発行されていない。また、受給権を他人に譲渡することもできない。これらの点で、普通の国債と違う。しかし、国が借金を負っていることに変わりはない。つまり、公的年金は目に見えない国債を発行しているのであり、その経済的効果は、基本的には国債と同じである。だから、マクロ経済の議論においては、上記不足分も国の赤字に加えて考える必要がある。

一般会計が発行する国債の残高は、10年度末で636兆円であった。右に見たのは、それとあまり変わらぬ規模だ。つまり、国の赤字は、通常いわれるものの約2倍と考える必要があるのだ。

なお、この計算結果は、割引率としていかなる値を用いるかで大きく変わる。低い割引率を用いれば、現在値は大きくなる。この計算が行われた当時より金利は低下しているので、最近の値で計算すれば、不足額はさらに増大する。ただし、重要なのは、額そのものより、「とてつもない額」ということだ。

「賦課方式だからいい」というのは詭弁

ところが、厚生労働省は、上記の事実は「積立金不足ではない」と言う。

なぜなら、「日本の公的年金は賦課方式で運用されているが、この方式では将来の給付は将来の保険料で賄われるため、積立金を保有する必要はないからだ」というのだ。

しかし、これは詭弁である。その理由は次の通りだ。いま、「過去期間に係る勘定」(すでに支払われた保険料の経理を行う勘定)と「将来期間に係る勘定」(将来支払われる保険料の経理を行う勘定)を区別しよう(保険料を払い続けているがまだ受給年齢に達しない人は、両方の勘定で経理される)。「過去期間に係る勘定」での支払い財源は、現在の積立金と将来の国庫負担だけである。ところが、右で見たように、それらだけでは将来の給付の全額を支払っことができない。

では、どうしたらよいか? すでに保険料納付が終わった受給者に、追加の保険料負担を求めることは不可能だ。また、すでに約束している給付を切り下げるのも難しい。したがって、「将来期間に係る勘定」が代わって負担する可能性が強い。つまり、将来の給付を切り下げるか、保険料を引き上げるのだ。

そうなれば、「将来期間に係る勘定」の年金財政は、純粋な賦課方式ではあり得なくなる。これは、世代間の移転を引き起こすことになる。

「それなら、年金を脱退しよう」と若い人が考えても、不思議はない。もちろん、公的年金は強制加入だから、建前上は脱退はできない。しかし、国民年金の場合、保険料を支払わなくとも、罰則は事実上ない。だから、事実上の任意加入になっている。国民年金の保険料納付率は、12年2月末で57.6%でしかない。制度は、事実上崩壊しているのだ。

国は、企業年金には積立方式による負担を求めている。そして、「継続基準」と「非継続基準」の両方で積立金不足をチェックしている(公的年金の財政検証は、継続基準に相当する。今回述べたチェックは、非継続基準に相当する)。

なぜ積立不足があってはいけないのか? 民間企業は倒産する可能性があるからだ。では、国は倒産しないから、積立方式を取る必要はないのか? そんなことはない。国は倒産しないとしても、将来時点で制度を変更して、給付を減らしてしまうかもしれない。そして、それに対する歯止めはない。人々がそう考えるから、国民年金の未払いが増えてしまうのだ。

そうした事実が目の前にあるにもかかわらず、「賦課方式だから、積立不足ではない」という厚生労働省の主張は、無責任以外の何物でもない。

「積立不足でなく二重負担」とはひどい詭弁

厚生労働省は、上記の積立金不足を、次の理由によって、「二重負担」と称している。

仮に公的年金制度を積立方式に切り替えようとすると、これまでの年金を清算する必要がある。そのためには、前述の不足額を現実に調達しなければならない。それを保険料納付者や企業に求めるとすれば、負担が発生する。そして、新しい積立方式の年金では、それとは別に保険料を支払う必要がある。だから、「二重負担」だ、というのである。

しかし、これを詭弁である。しかも、かなりひどい詭弁だ。

積立不足が生じるのは、給付に比べて、これまでの保険料が低過ぎたからだ。だから、いま負担を加入者に求めるにしても、これまで負担しなかった分をいま負担してもらうだけのことである。つまり、当然の負担なのだ。「二重負担」などは生じない。

現在の方式が賦課方式だと厚生労働省は言うが、制度の発足当初は、積立方式のつもりだったのである。だからこそ、給付がほとんどなかった時代においても保険料を徴収し、巨額の積立金を蓄積したのだ。しかし、保険料が積立方式の場合より低過ぎたために、積立方式とは言えなくなった。そこで、実態を変えずに、説明だけを「賦課方式だ」と転換したのである。「賦課方式だから積立金なしでいい」のではなく、「積立不足だから賦課方式と言わざるを得ない」のだ。半世紀前に犯した保険料計算の誤りが、現在の積立金不足の真の原因であり、日本財政の最大の問題の原因である。

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