革新力や競争力でなぜ小国が強いか

世界知的所有権機関(WIPO)が今年の7月に発表した世界141力国・地域の技術革新力に関する調査報告書によると、日本は25位だった。前年より5段階ランクが落ちた。1位はスイスで、スウェーデン、シンガポールがそれに続く(以上3国の順位は昨年と同じ)。香港が8位、アメリカが10位に入っている。韓国が21位、中国は34位だ。

「シンガポール、香港、韓国が日本より上」というのは、前回述べたTHEの工学部ランキングと同じ結果である。

日本の製造業の経営者はこれまで、「技術は強いが、円高や法人税が問題」と言っていた。しかし、日本の技術力そのものに疑念があるわけだ。

同報告は、評価項目をイノベーションの「入力」と「出力」に分けている。前者は革新を行っための諸要素(そのための人材や機関等)、後者は技術革新が経済に与えた影響だ。日本は前者で18位、後者で28位だ。つまり、技術革新を行っても、それを経済活動にうまく利用できないということだ。ただし、どちらの指標でも、シンガポール、香港、韓国は日本より上位である。

これと類似のランキングとして、スイス・ローザンヌの国際経営開発研究所(IMD)が作成する「世界競争カランキング」がある。これは、主要59力国・地域を対象にした産業競争力の比較だ。

今年の5月に公表された2012年版では、日本は、昨年より順位が一つ落ちて、27位となった。分野別では、エネルギー、通信、教育などの「インフラ」で、昨年の11位から17位に、「ビジネスの効率性」で27位から33位に下がった。

このランキングの首位は、香港だ。以下、2位アメリカ、3位スイスと続く。欧州では、スウェーデン(5位)、ノルウェー(8位)、ドイツ(9位)などがある。

アジアでは、シンガポール(4位)、台湾(7位)、マレーシア(14位)、韓国(22位)、中国(23位)が、日本より順位が上だ。「日本がもはやアジアのトップではない」というのは、これまで見てきたランキングのすべてに共通していることである。

このランキングが初めて作られたのは、1989年だった。そのとき、日本は首位で、アメリカは3位だった。アメリカの順位はあまり変わらないが、日本の順位は大きく変わった。

日本が弱くなったのでなく世界が変化した

日本人の多くは、これまで述べてきたいくつかのランキングに、違和感を覚えるだろう。ことに、「香港、シンガポールや北欧諸国が日本より上」というのは、日本人の感覚では、なかなか理解できない。

香港は、「ホンコンフラワー」(香港産のプラスチック製の造花)という名から想像されるような雑貨品の生産地だと思っている。証券取引所で日本がシンガポールに抜かれたことは日本でも多くの人が認めるが、技術で後れを取っていると考えている人は少ない。北欧諸国は、介護・福祉などで手厚いサービスが提供されているとは思っているが、産業競争力が強いとは思っていない。

こう考える理由は、日本人の評価の基礎に、「自動車産業、製鉄業、高速鉄道などがない国は、産業国家と言えない。一流の産業国とは、それに加えて飛行機や宇宙ロケットを生産できる国」との考えがあるからだ。この基準に照らして言えば、シンガポールや香港は論外である。北欧では、スウェーデンが何とか産業国家の条件を満たすが、他は駄目ということになる。

しかし、実は、自動車産業や製鉄業があることが問題なのだ。ランキングの上位には、このどちらも持たない国が多い。

90年代に世界は大きく変化した。技術の性格が変わり、ITが重要になった。製鉄や電機製造は、新興国でもできる活動になった。この大変化に、日本はついていけなかったのだ。

自動車は、今のところ新興国より先進国が強いが、やがて逆転する。こうした世界では、従来の製造業の多くを新興国に移し、先進国はより付加価値の高い活動に専念することが必要である。

これまで述べてきたランキングの上位国は、そうした対応に成功した国だ。ランキングは今年突然変わったのではない。しばらぐ前からこうした傾向を伝えていた。04~07年ごろの円安時代、日本の製造業が一時的に価格競争力を回復したので、それが見えにくくなっていた。

異常な円安が終わって、評価があからさまになった。日本が劣化し弱くなったというより、世界が変わってしまったのだ。

それに加え、大学が新しい技術に対応した人材を養成していない。日本の工学部が養成しているのは、依然として古いタイプのエンジニアだ。東京大学にコンピュータサイエンス学科が存在しないことは、それを象徴的に物語っている。

「大きいから強い」わけではない

ここで述べたランキングの上位にある国の多くが、小国であることに注意しよう。人口数百万のところも多い。

しかし、「小国が産業で強い」というのは、日本人の常識に反する。日本人がこれらのランキングに違和感を持つ最大の理由は、ここにある。「大きいのは強いことで、小さいのは弱いこと」というのが日本人の基本的な考えなのである。

日本人がそう考えるのも無理はない。80年代までの技術では、それが常識だったからだ。この時代には、巨大組織による垂直統合生産が、圧倒的に効率的だった。だから、大きいことは強いことを意味した。

しかし、80年代に進展した技術の変化(ITの発展とモジュール化の進展)が、大組織の有利性を消滅させた。その半面で、小組織の柔軟性を重要な特性にしたのである。

ところが、こうした技術の変化は、日本の企業や産業構造には影響を与えなかった。そのため、日本人はいまだに80年代までの考えから脱却できないのだ。

実際、多くの日本人は、企業は合併して、あるいは買収して大きくなることによって強くなると思っている。新日鐵住金の発足やソフトバンクの米通信事業者買収を伝える新聞記事は、そうした前提に立って書かれている。

しかし、企業は大きくなれば強くなるのだろうか?

確かに、大きくなることで市場支配力は強まる。価格コントロールがしやすくなるからだ。しかし、これは、消費者にとって望ましくないだけではなく、革新力を失うという意味で、企業にとってもよいことではない。巨大化は、衰退の第一歩である。

では、人口が1億を超える大国である日本は、どうしたらよいのだろうか?

この問題を考える際の重要なヒントは、アメリカにある。アメリカは大国であるにもかかわらず、柔軟だからだ(上で見たように、IMDのランキングでの順位が、二十数年前とあまり変わらない)。その大きな理由は、社会の構造が分権的であることだ。

だから、日本が柔軟を獲得するための最も確実な方法は、分権性を高めることである。

地方分権は、このコンテクストにおいて、日本の未来戦略の中で、本質的な地位を占め得る。

しかし、日本の政治の場で「地方分権」として言われていることは、実は中央集権的な調整を指す場合が多い。この問題については、機会を改めて論じることとしたい。

Comments

comments

Powered by Facebook Comments