躍進するアジアの大学取り残される日本の大学

山中伸弥教授のノーベル賞受賞は、停滞する日本に届いた久しぶりのうれしいニュースだった。日本の科学技術力を世界に知らしめた点で、2年前のはやぶさ帰還以来の快挙だ。

しかし、喜んでばかりはいられない。前回述べたように、工学教育において、日本がアジアの大学に追い抜かれつつあるからだ。そこで言及したタイムズ・ハイヤー・エデュヶーション(THE)の2012~13年版大学ランキングについて、もう少し敷衍したい。

アジアでの順位で、東京大学は総合ではトップだが、工学・技術分野(Engineering & Technology)では5位だ。東大(世界ランキング28位)より上位にいるのは、シンガポール国立大学(12位)、香港工科大学(23位)、浦項工科大学(韓国、24位)、南洋理工大学(シンガポール、26位)である。京都大学(47位)、東京工業大学(50位)より上には精華大学(中国、31位)、ソウル国立大学(36位)、香港大学(43位)、韓国科学技術院(44位)がいる。

昨年のランキングでは、東大(21位)より上のアジアの大学はシンガポール国立大(19位)だけだった。日本の大学は、他のアジアの大学より相対的に遅れつつある。

これまで私は、日本の製造業の問題は、ビジネスモデルが誤っていることであり、技術そのものは水準が高いと考えていた。しかし、技術力を支えるべき工学教育において、日本はすでにアジア諸国で後れを取りつつあるのだ。

そうだとすると、日本の技術力が将来も強いとは言えないことになる。これは重大な問題だ。

なお、総合で東大は世界27位だが、シンガポール国立大(29位)がすぐ近くに迫っている。そして、香港大学(35位)、浦項工科大学(50位)が続く。京都大学はこれらより下位(54位)だ。

今回のTHEランキングの特徴は、アジアの大学が躍進し、欧米大学の上位独占状態を崩そうとしていることにある。しかし、日本の大学は、そうした潮流から取り残されている。

日本の工学部は時代遅れになっている

日本の大学が立ち遅れる原因として、次項で述べる国際交流の問題がある。しかし、それだけではない。工学の分野では、コンピュータ・IT関連で遅れていることの影響が大きいと考えられる。日本の大学の工学部は、伝統的な工学分野に偏っているのである。名称を変えているので実態がわかりにくいが、土木、建築、鉱山、冶金、船舶などの伝統的分野がいまだに強い(そして、工学部の外では農学部が強大だ)。

現実の産業社会で成長しているのは、先進国においては、サービス産業と製造業の区別がつかないような分野である。日本の高等教育は、現実社会のこうした変化に対応しているとは言えない。

しばしば、日本企業による特許取得数が多いことが日本の技術力の強さを示す証拠として挙げられる。取得数が多いのは事実だ。しかし、特許は、ハードウエア関係に多い。右で述べたような産業分野では、特許はあまり重要でない。あるいは、特許にならない技術が多いのだ。

大学に残って教授席を得るには、教授の仕事を受け継ぐことが必要だ。だから、専門を変えることは難しい。企業がビジネスモデルを変更するのは難しいが、大学の改革はさらに難しい。それを考えると、欧米の大学が変化し、成長を続けているのは驚くべきことだ。

ただし、日本でも、新しい分野が生まれた時代があった。

第2次大戦中に航空機の研究と教育などのために、東大に第2工学部がつくられた。戦後、航空機の研究が禁止されたため、研究者は、工学部に応用物理学科をつくり、数値計算、自動制御、物性工学などの新しい分野の研究・教育を始めた。ソニーやホンダが生まれたのと同じ雰囲気が、大学にもあったのだ。しかし、そうした雰囲気は失われて久しい。

ところで、日本のノーベル賞受賞者は18人(南部陽一郎教授を入れれば19人)で、アジアでは断然トップだ。これを見て、日本の科学方は強いと思う人が多いだろう。しかし、多くの場合、ノーベル賞は過去の業績に対して贈られる。今回の山中教授の場合、最初の実験成功からわずか6年目の受賞だが、これは極めて異例だ(発見の内容がそれだけ重要だったことを示している)。共同受賞者のジョン・ガードン教授の実験は、半世紀前のものである。

したがって、ノーベル賞受賞者数がアジアトップだからといって、日本の科学研究がアジアトップということにはならない。それは、過去における日本の栄光を示しているのであり、現在の科学力とはかなりのずれがある。ましてや、将来の科学力とはあまび関係がない。これからの科学研究力を示しているのは、大学での教育力なのである。

民間企業がつくつた浦項工科大の躍進

再び工学教育に戻ると、注目されるのは、韓国の浦項工科大学(PohangUniversity of Science and Technology)の躍進である。

これは、浦項製鉄(現ポスコ)が1986年につくった大学だ。その前年にカリフォルニアエ科大学を訪問した浦項製鉄の朴泰俊会長が、「韓国にも同じような大学が欲しい」と決意してつくったと言われる。民間製鉄会社がわずか30年前につくった大学が、ついに100年以上の伝統を持つ東大を抜いたということだ。

上で述べたように、大学の改革は難しい。浦項工科大の場合、新しく設立されたため、従来の伝統的分野にとらわれず、新しい分野に集中できたということもあったのだろう。

韓国企業の強さは、日本でも認識されるようになった。しかし、工学教育面でも日本が立ち遅れつつあることへの危機感は薄い。日本の経済界の指導者は、大いに反省すべきだ。

民間企業やその関係者がつくった大学として、戦後だけを見ても、日本にも豊田工業大学(トヨタ自動車が81年に設立)や、流通科学大学(ダイエー創始者の中内切氏が、88年に設立)などがある。しかし、残念ながら世界ランキングに登場するほどの実力を持つには至っていない。

さて、日本の大学は一般に、国際交流の面で弱い。シンガポール国立大と東大を比べると、最も大きな差は、この面だ。シンガポールや香港は、英語が日常語なので有利な立場にある。しかし、英語が日常語でない韓国も、大学での英語教育には力を入れている。

浦項工科大の金用民総長は、「日本経済新聞」のインタビューで、次のように述べている(12年7月12日、日経電子版)。

「英語での教育に力を入れている。学生がグローバルリーダーになるには10年、20年かかるが、英語は必要不可欠。授業は、大学院の95%、学部の61%が英語だ。学部生は、英語が一定レベルにならないと卒業できない。学内でも韓国語と英語が公用語で、私も学内のスピーチやメールはすべて英語だ」

12年7月に政府が閣議決定した「日本再生戦略にで、「グローバル人材育成戦略」の重点施策として挙げられているのは、天学の秋季入学等の導入」だ。

これによって「世界で活躍できるグローバル人材を育成できる」と聞かされると、言いようのないほど深い絶望感に襲われる。

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