強い産業を持つ国と古い産業のままの国

「アメリカが日本化する」としばしば言われる。雇用情勢がいつになっても改善しないのを見ていると、そう言いたくなる。

しかし、アメリカ経済は、日本経済と大きく違う。それは、企業利益が増加し続けていることに明白に表れている。今年第2四半期には、全体の企業の4分のIが過去最高益を記録した(日本経済新聞、9月22日)。最高益企業が最も多いのは、金融業だ。アップルやグーグルの株価も史上最高値を更新し続けている。

アメリカ経済の問題は、企業利益の成長が、労働市場に反映されないことなのである。飛行機のエンジンは絶好調だが、乗り遅れた乗客が多数いるようなものだ。彼らは、上空を舞う飛行機を指をくわえて眺めるだけだ。

経済学の言葉で言えば、アメリカ経済の問題は、生産面にあるのではなく、分配面にある。これに対する処方箋は、金融緩和のようなマクロ政策ではない。社会保障制度を充実させたり所得税の累進度を高めたりすることによって、所得の再分配を進めることである。

QE1、QE2と空前の金融緩和を続けてきたにもかかわらず雇用面で改善が見られないのは、このためだ。先般決定されたQE3も、雇用を改善することはできないだろう。むしろ、株価上昇を支えて、所得格差を拡大させる可能性が高い。つまり、目的に対して誤った手段が採用されているのだ。金融緩和が実体経済を改善しないため、今後も、QE4、QE5と、QE∞に至る金融緩和が続くことになるだろう。

QE3を受けて、日本も金融緩和を強いられた。理由は円高懸念である。

日本の場合の問題は、アメリカとは逆に、企業の利益が低迷していることだ。それは、円高のためであるとされて、金融緩和がこれまでも行われてきた。しかし、企業利益の低迷は、円高のためでなく、新興国の工業化という変化に対応できていないためだ。金融緩和・円安は、この問題を解決できない。それどころか、従来型の企業を残すことによって、かえって問題を深刻化させる。「金融政策が誤った目標に向けて使われている」という意味では、日本もアメリカと同じだ。

また、日本銀行が国債を購入し続けると、国債バブルをあおる。その結果、財政規律が緩み、財政赤字が拡大する。日本の財政はすでにコントロール不能の状況になってしまっているのだが、金融緩和がそれを加速する。

日本は、これまでほぼ20年間にわたって誤った政策を採用し続けてきた。アメリカもそうなってきたという意味では、「アメリカの日本化」と言える。

強い産業を持つアイルランドと駄目になったイタリア

ヨーロッパに目を転じると、アメリカと似ているのは、アイルランドだ。両国の共通点は驚くほど多い。

1990年代にIT産業を軸として急成長した。移民を多ぐ受け入れ、そのためもあって、住宅価格バブルが生じた。それが行き過ぎてバブルは崩壊し、金融機関に損失が発生した(アメリカの場合は、証券化商品の破綻。アイルランドの場合は銀行の不良債権)。この救済のため、政府が巨額の公的資金注入を行った。しかし、どちらもその後急速に回復した。アイルランドの10年国債利回りは、一時は14%台にまで上昇したが、現在では5%程度だ。

両国が金融危機を克服できたのは、強い産業があるからだ。それがスペインやイタリアとの大きな違いである。この点が、日本ではあまり認識されていない。

ヨーロッパで日本と似ている国は、イタリアである。どちらも、80年代までは経済が急速に成長した。しかし、90年代以降成長が止まった。財政規律も緩み、国債残高が蓄積した。

ビル・エモットは、『なぜ国家は壊れるのか』(PHP出版)の中で、日本とイタリアは共通の誤りを犯しているという。それは、新興国の工業化という90年代の大転換に対応できず、旧来型の製造業から抜け出せなかったことだ。

ただし、彼は、イタリアには、停滞から抜け出したセクターもあることを指摘している。それは、製造業の中でも、研究開発・デザイン、販売などに重点を絞っている企業だ。

そうした活動で成長した都市として、北部のトリノを挙げている。しかし、日本では、類似の展開が見られない。この意味では、日本はイタリアと異なる。

変化の萌芽『ものづくり白書』の変身

もっとも、日本でも変化の萌芽は見られる。それを象徴する出来事が、『ものづくり白書』の変身だ。経済産業省が刊行する同白書は、これまで日本の製造業の強さを標榜してきた。しかし、今年6月に刊行された2012年版は、その方向から大きく転換した。

まず、11年の製造業の営業利益が対前年比23%の減になったことを指摘し、その原因が、東日本大震災、タイ洪水、円高などだけでなく、日本の製造業の基本的なビジネスモデルにあることを認めている。「単なるものづくりから得られる付加価値が急速に低下した」との認識に立ったことは、極めて大きな変化だ。

そして、企画、研究開発、設計、マーケティングなどが、製造業においても重要な位置を占めるようになったことを認めた。これは、具体的には、アップルのビジネスモデルだ。アップルは、工場のない企業(フアプレス企業)だ。製造は、全世界の部品製造会社やEMS(電子製品の受託生産会社)に任せるのである。

これは、上述のトリノの企業と同じ方向である。こうした活動の利益率が高いというのは、「スマイルカーブ」の理論として言われてきたものだ(製造業の活動のうち、両端にある企画・設計と販売活動の利益率が高く、中間にある製造段階の利益率は低いという議論)。こうした指摘は、これまでもなされてきたもので、格別目新しいものではない。しかし、政府の白書がそれを認めたことの意味は大きい。

日本では、これまでスマイルカーブの中間にある製造過程が強調されてきた。05年版の『ものづくり白書』は、日本ではスマイルカーブの理論は成り立たないとしていた。それに比べると大きな変化だ。私は、白書の大転換を歓迎したい。

エルピーダメモリ救済の失敗やシャープの経営危機などに直面すれば、こうした考えに転換するのは、自然な流れであり、必然だ。

では、日本は、実際にその方向に変わり得るだろうか? 製造過程を捨てて、スマイルカーブの両端に注力できるだろうか?

実は、日本の経営者も、こうした転換が必要であることを、頭の中ではこれまでもわかっていたのかもしれない。実行できなかったのは、現に工場が存在し、そこで労働者が働いているからだ。彼らを切り捨てることはできない。だから、旧来の製造業モデルに固執せざるを得なかった。

そう考えれば、アメリ力の企業が利益を出せるのは、労働者を切り捨てることができるからだとも言える。だから、労働者の立場からすれば、企業が強いのは望ましいこととは言えない。つまり、資本と労働の利害対立という古典的図式が、新たな装いで復活しつつあるのだ。

では、それにどう対応するのか? マルクスの階級理論は、とっくに効力を失っている。しかし、それに代わる新しい理論は登場していない。政策面では、相も変わらず金融緩和に依存するだけだ。新しい理論と政策が求められている。

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