為替レートの予測は原理的に不可能

為替レートが激しく変動しているので、新聞や雑誌に予測記事が多数登場している。これからもますます増えるだろう。

為替レートは貿易をはじめとする経済活動に大きな影響を与えるから、人びと画素の将来に関心を持つのは、当然のことだ。そして、「専門家は為替の動向をよく知っているはずだから、彼らの意見を聞きたい」という要求が出てくるのも当然である。

しかし、そのような「要求」があることと、「それに応えられるか?」とは、別問題だ。為替レートの予測は、そもそも可能なのか? じつは、それが大問題なのである。以下では、為替レートの予測は原理的に不可能であることを説明することとしよう。

そのためには、まず教科書的ながら、為替レートを決める要因を明らかにしなければならない。変動為替相場制における為替レートは、通貨に対する需給によって決まる。問題は、需要と供給が何によって決まるかだ。

しばらく前まで、外国為替に対する需要と供給は、主として貿易によって決まった。日本の場合、投資目的での外貨取得は禁じられていたので、外貨に対する需要と供給は、貿易から生じるものしか認められていなかった(これを実需原則という)。

ところで、貿易の動向はある程度予測できる。したがって、為替の需給も為替レートも、ある程度は予測ができる。

長期的に言えば、貿易収支を決めるのは、国の実力だ。日本が他国よりも良質の工業製品を安く製造できれば、日本の貿易収支は黒字になる。それは円に対する需要が増えることを意味するから、円高になる。逆に、日本の生産性が下がり、浪費が増えて輸入が増えれば、外貨に対する需要が増えるから円安になる。

こうした要因で決まる為替レートは、「購買力平価」と呼ばれる。それは、同一のモノの価格が各国で等しくなるような水準だ。その実際の値は、この連載で述べた「実質為替レート」や「ビッグマック指数」で判断することができる。

もっと短い期間では、生産性や物価が不変でも、景気変動によって輸入や輸出が変動する。したがって、為替レートも変動する。この予測は簡単なことではないが、不可能ではない。

資本移動が為替レートに大きな影響を与える

しかし、現在の世界は、これとはまったく違う条件下にある。そして、これは「為替レートの予測可能性」に関して、本質的な困難を引き起こすのである。

現在世界の多くの国で、投資目的でも外貨を取得できる。日本では、1984年に実需原則が廃止された。今では、個人でも簡単に外貨資産に投資することができる。こうした世界では、貿易外の要因によって動く巨額の資金が、貿易よりはるかに大きな影響を為替レートに与える。

ここで重要な意味を持つのは、各国間の金利差だ。ある国が金利を下げると、その国の通貨で資産運用するのが不利になるため、資金が流出する(つまり、その国の通貨が売られる)。その結果、その国の為替が減価する。

日本では、2000年以降、低金利政策が取られた。このため、円安になった。今ドルが減価しているのは、アメリカが金利を下げたからだ。「アメリカの景気後退のため」と言われることがあるが、景気後退が輸入を減少させることは、ドル高要因だ。ここ数カ月のドルの減価は、金利の影響のほうが大きいことを示している。

アメリカの経常収支がこれまで長期にわたって赤字でありながらドルが減価しなかったのは、世界中から資金が流入したからだ。それは、「アメリカへの投資は高い収益率を期待できる有利な投資だ」と世界が考えたからである。

この面で大きな変化が生じているとは考えにくい。グーグルのように、為替レートや金利がどうなってもほとんど影響を受けない企業が多いからである。「アメリカに対する信任が崩れた」という議論が一般的なのだが、それが正しいかどうかは疑問だ。

ところで、金利差が存在する状態では、為替レートは一定の水準にとどまることはできない。金利差に相当するだけ、為替レートが変化しなければならない(この関係を、金利平価式という)。たとえば、日本の金利がアメリカより3%低ければ、年率3%の円高が進行しなければならない。

それにもかかわらず昨年夏まで円安が継続したのは、大規模な為替介入が行なわれたからだ。

適切に機能している市場の価格はランダムに動く

さて、資金の移動はどんなに巨額であっても瞬時に可能であるため、そして取引には制限がないため、予測はただちに市場価格に反映されてしまう。もし、確実に予測できることが現実の価格に反映されていないとすれば、つまり市場に「穴」が開いているとすれば、それを利用して利益を上げる取引(裁定取引)がただちに生じて「穴」をふさいでしまうだろう。

現時点で知られていることがすべて現在の価格に反映されているのであれば、将来の価格は、現在はわからない情報によってしか変動しない。したがって、為替レートを予測することはできない。将来の為替レートは、「ランダムに動く」としか言えないのである。

これは、「予測が難しい」というよりは、「市場がきわめて能率のよい予測装置であるために、それより優れた予測はできない」ということだ。為替レートに関して予測を発表している人は、市場がそのように機能していることを知らないだけである。それに、もし予測に自信があるのなら、実際に取引をして巨額の利益を上げられるはずだ。そうしたことをしないのは、不合理な行動と言わざるをえない。

だから、仮に為替レートの予測が的中したとしても、自慢することはできない。それは、偶然そうなっただけのことだからだ。

実際、「専門家」と称する人たちが行なっている予測を見ると、おもしろいほどの規則性が見られる。直近の変動が円高方向なら、現在より円高になるとする。ただし、あまりに現在とかけ離れた値を言うと目につくので、適度に離れた予測値を述べる。予測は不可能なのだが、どのような予測がなされるかは簡単に予測できる!

ところで、以上で述べたことは、「市場価格が常に正しい値だ」ということではない。第一に、「バブル」すなわち投機が投機を呼ぶような事態が発生しうる。ここ数年のアメリカの住宅価格や円レートには、バブルが発生していた。そうした状況下では、「今の市場価格は長期的には維持しえない」と判断できる。ただし、バブルがいつ崩壊するかを予測することはできない。また、崩壊したときに価格がどうなるかを予測するのも難しい。

第二に、市場が知らない情報は価格に反映されていない。だから、そうした情報を持っている人は、市場よりも正しい予測ができる。特に、金融政策の変更や介入を、公表される前に知りうる立場にいる人(インサイダー)は、市場より正確な予測ができる。

言うまでもないことだが、その情報を用いて取引することは違法である。民間企業のトップを務めた人が政策当局のトップになれば、この危険が現実化する。日銀総裁をめぐる議論でこの点が考慮されなかったのは、まったく奇妙なことだ。

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