政策論議のやり方を考え直す必要がある

総選挙が秋に行われるとの観測が強まっており、政治の季節になった。

マスメディアは、政治家たちの離合集散を伝えるのに大わらわだ。そうした報道を否定するわけではないのだが、政策に関する報道が極めて不十分だ。以下では、政策に関する論議のあり方を再検討すべきことを主張したい。

もちろん、各政党は、選挙に向けて政策綱領やマニフェストを準備するだろう。しかし、これまでは、それらはお飾りにすぎなかった。

本来は、政策実現のために政権を取るのだが、日本では、「政権を取るために政策を並べることが必要」と考えられている。政権が目標であって、政策は手段にすぎない。アメリカでいま進行中の大統領選挙の様子と比べると、大きな違いをあらためて感じる。

しかも、日本の政策論議は、ディベートの形を取らない言い放しが多いので、無責任になりがちだ。とりわけ、政権を取る可能性が低い政党の場合にそうなる。

いいとこ取りで、整合性がない。このため、財源の裏付けのない政策や、必要性の疑わしい人気取りだけのための政策が、堂々と主張される。2009年の総選挙における民主党のマニフェストが、その典型例だ。「無駄を見直すことによって16.8兆円の財源が捻出できる」とされ、それを前提にして、子ども手当、高校無償化等々の人気取り政策が主張された。

また、抽象的な文言が多い。「住みよい社会をつくる」¬日本の活力を復活させる」等々のスローガンは、いらない。誰も「住みにくい社会」や「活力のない日本」には住みたくないからだ。問題は、住みよさや活力を、どのようにして実現するかなのである。それを欠く政策綱領は、一方的で空虚な宣伝文書でしかない。

こうなるのは、政治理念がはっきりしないからである。政治の季節にはなったが、政策論争の季節にはなっていない。

自民党政権時代の選挙民と政党の意思疎通は、利益団体の政治家に対する陳情ないしは要請という形で行われてきた。利益団体とは、農業関連団体、業界団体などの職業団体であり、生産者・供給者の立場からの要請が政治に伝えられた(職業に関連しない利害団体としては、宗教関係のものなどがあった)。その見返りとして、票が提供された。

民主党政権になって、この構図には変化が生じた。しかし、政策を要求するのが職業団体であることに変わりはなく、したがって、政策は依然として生産者・供給者の側からのものに偏っている。逆に言えば、消費者の立場は政治に反映されないのである(脱原発官邸デモだけが、これに対する唯一の例外である)。

この状況を変えるには、これまで利益団体と政治の間で非公開のチャネルを通じて行われてきた政策論議(というより、票と交換での政策要求)を、オープンなものとする必要がある。

日本のマスメディアは質問力が弱い

マスメディアは、政党の政策を伝えている。そして、一部の供給者の立場を擁護するのではなく、消費者の立場を代表すると標榜している。

しかし、その伝え方は不十分だ。多くの場合、政党の政策をそのまま伝えるだけであって、積極的に質問して問題点を指摘することが少ない(ちなみにこれは、政府が推進しようとする政策に関しても、言えることである)。

つまり、日本のマスメディアは「質問力」が弱いのだ。質問するには、質問の仕方が重要だ。

例えば、「経済政策の基本方針は?」という類いの質問は、質問者の勉強不足を暴露している。こんな質問をすれば、総花的、非整合的、抽象的な答えを許すだけのことだ。正しい質問は、問題を正確に捉えて初めてできるものである。

また、日本のマスメディアは、実に安易なレッテル貼りをする。雑誌や新聞の政策特集記事、テレビの討論番組は、必ずと言っていいほど、論者を「賛成派」と「反対派」に区別する。消費税、TPP、脱原発、すべてそうだ。

原稿依頼で、「賛成派なのか反対派なのかを、はっきりさせてください」と言われる。「そうしたほうが旗幟鮮明になってわかりやすい」という。しかし、その段階においてすでに、政策提案者の路線に取り込まれている。最初から分析を放棄しているのだ。

例えば、私は、「消費税の増税だけでは財政再建はできない。社会保障制度の見直しがぜひ必要」「消費税の税率を引き上げる前に、インボイスの導入が必要」と考えている。だからつまり、「税率引上げの前に議論すべきことがある」と主張したい。しかし、「あらかじめ賛成派か反対派かをはっきりさせてください」という編集方針の下では、こうした主張はできない。

また、前提によって答えが大きく変わる問題も多い。例えば、電力需要量は今後の経済成長率や製造業の比重によって大きく変わる。この問題に関して真に重要な論点は、「今後どの程度の製造業活動を日本に残すか」ということなのである。それにもかかわらず、日本のマスメディアは、原発依存度だけを取り出して、「脱原発か否か」と聞く。私には、まったく無意味な質問としか思えない。

経済敢策に関する三つの質問

選挙民は、政党のマニフェストや政策綱領を受動的に受け取るだけでなく、政党に対して積極的に質問をすべきだ。各政治勢力に共通の質問を行い、それを投票の際の参考資料とする。質問を行う主体は、市民団体であってもよいし、マスメディアであってもよい。それに答えるかどうかは、政党側の自由である。答えなければ、マイナスに評価されるだけのことだ。

質問項目があまりに多岐にわたっては、焦点がぼける。また、抽象的な理念を聞くより、具体的な政策に関して、数字を聞くほうがよい。経済政策に関しては、私は次の三つの質問に絞るのがよいと思う(当然ながら、これ以外に外交に関連する質問が必要である)。

①社会保障制度、ことに年金制度をどう改革するか。それによって、10年後の国の一般会計社会保障関係費をいくらにするか。

②税制をどう構築するか。それによって、10年後の国の一般会計税収をいくらにするか(ただし、今後10年間の年間名目成長率は2%と仮定する)。

③10年後の国の一般会計の赤字をいくらにするか。

これらは、表面的には財政運営に関わる質問である。しかし、経済政策の基本的な方向は、以上の質問に集約される。為替レートがどうなるか、産業構造がどうなるかなどは、重要な経済問題ではあるが、基本的にはマーケットが決めるべきものであって、政府は関与しないほうがよい。

なお、これは、政策運営を縛る公約にしなくともよい。選挙の際の判断の材料にすぎないからだ。状況が変われば、あるいは、目標が誤りだったとわかれば、変更すればよい(ただし、そのことがマイナスに評価され、次の選挙でマイナスに考慮されることは言うまでもない)。

先般の民主党内紛で、「消費税増税はマニフェストになかったから駄目」とか、「子ども手当はマニフェストで決めたことだから変更できない」との議論があった。これは、すでに破綻していたマニフェストを政争の道具に使おうとするもので、まったくおかしな議論だった。マニフェストや政策綱領を柔軟に考えることが必要である。

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