社会保障の改革を税を用いて実現する

「社会保障と税の一体改革」は、これまで消費税の増税を中心に進められてきた。しかし、それが課題の本質ではない。

社会保障制度、特に年金制度の見直しこそ重要である。それが財政赤字の主要な原因だからだが、それだけではない。現在の社会保障制度が日本経済の活性化にとって大きな桎梏になっているからだ。

2011年度における社会保障負担の国民所得に対する比率は17.2%であり、税負担率22.9%に迫っている。多くの企業にとって、税より重い負担だ。この欄でも何度か述べたように、企業にとっての負担は、法人税より社会保障負担のはうが重い。社会保障の事業主負担は、従業員を雇用する際に大きな障害となっている。法人税は利益にかかる負担なので企業のコストを高めることにはならないが、社会保障負担は利益のあるなしにかかわらずかかるので、コストを高める。もともと高賃金国である日本は新興国との価格競争において不利な立場にいるが、それに社会保険料の負担が加われば、勝ち目はない。

また、世代間の公平の面からも問題だ。なぜなら、現在の受給者は、過去において給付に見合う負担をしていない場合が多いからである。これは、年金において顕著に生じているが、介護保険においても同じ問題がある。介護保険制度の発足は2000年なので、現在給付を受けている人の多くは、これまで十分な負担を行わずに、いま給付を受けている(しかも、不動産など高額の資産を保有しながら給付を受けている場合も多い)。したがって、社会保障の給付、特に年金の給付を切り下げる方向での改革が必要だ。

しかし、言うまでもなく、これは極めて難しい課題である。とりわけ、既裁定の年金には、手を付けられない。これまで支給開始年齢の引き上げや給付水準の引き下げが行われたときも、既裁定の年金は従来通りの給付が継続した。大幅な削減を行うと財産権侵害との議論が起こりかねないため、ここは聖域化している。

年金給付の見直しというと、現在支給されている年金が見直されると受け取る人が多い。しかし、見直されるのは、現在保険料を支払っている人たちが将来受け取るはずの給付なのだ。したがって、世代間の不公平の問題は、解決されないどころか、かえって拡大する可能性がある。

このように、「社会保障と税の一体改革」において最も必要な改革が、行われないままに放置されているのである。

年金削滅の代わりに年金に課税する

では、これは、どうしようもないことだろうか?

決してそんなことはない。年金に課税すればよいのである。

現在、公的年金に対しては「公的年金控除」が適用されるため、所得が年金だけである場合にはほとんど課税されない。この制度を廃止し、逆に年金に対しては特別の課税を行うべきだ。

11年度における年金給付の総額は約53.6兆円だ。これに対して50%の課税を行えば、28兆円の税収を上げられる。消費税の税収は約10兆円なので、これはその約2.8倍の規模である。

この提案に対して、多くの人は、「50%もの高い税率で課税するのは乱暴で、非現実的」と考えるだろう。

しかし、そんなことはない。「在職老齢年金制度」においては、これと実質的に同じことが現実になされているのである。

すなわち、60歳以降働きながら厚生年金を受け取る場合に、給与所得と年金の合計額が一定限度を超えると、年金額と給与所得の額に応じて年金がカットされる。年金額を一定にして給与所得を増加させていくと、増加分の2分の1または全額に等しいだけの年金がカットされる。これは、給与所得に対して、限界税率50%または100%で課税するのと同じことだ。

これは、極めて問題が多い制度である。第1に、この措置の適用は、年金と給与所得を合算した額を基準に行われる。したがって、給与所得以外の所得であれば、いくら多くても年金削減の対象にはならない(給与所得以外の所得の捕捉が困難であるため、こうしたことになってしまっている)。これは、極めて不公平だ。

また、給与所得が増えると年金をカットされてしまうため、「年金込みでいくら」という形の低賃金労働を増やす原因になっている。つまり、年金が低賃金で雇用を行う企業への補助金になっているわけだ。

このように問題が多い仕組みで年金をカットするのではなく、年金は給与と関係なく給付し、その上で、他の所得と合算した額を基準として課税する仕組みに移行すべきだ。本来の「一体改革」とは縄張りにとらわれないこと

税の基本原則から見ても、年金への課税が必要だ。その理由は、次の通りである。個人の立場から見れば、年金とは、勤労時に貯蓄し、退職後に引き出す貯蓄と同じものである。通常の貯蓄と違って公的年金の場合には、貯蓄への繰り入れ(保険料の支払い)が所得控除されている。したがって、給付時に利子分を含めて課税しないと、他の貯蓄手段との間で公平が保てない。しかも、給付には財政資金が投入されている。この意味でも、通常の所得より重い課税がなされてしかるべきだ。

これは、一見したところ、所得税の基本原則の一つである「水平的公平の原則」(所得の種類によって税負担が異なってはならないとする原則)に反するように見える。しかし、右で述べたことを考えれば、決してそうではない。

徴税面でも問題はない。年金を給付するときに天引きで課税すればよいからだ。ただ一つ問題になるのは、現在の所得税制では資産所得が分離課税されているため、その額が完全に捕捉されていないことだ。これを改革して資産所得も総合課税しないと、支障が生じる。

在職老齢年金制度は、高齢者の就業に対して非常に強い抑制効果を発揮している。これまで数回にわたって述べたように、高齢化で労働力人口が減少するので、高齢者の就業率を引き上げる必要がある。この観点からも、在職老齢年金制度の廃止が必要である。

厚生労働省の立場からすると、「これでは年金財政は改善しない」ということになるかもしれない。そこで、この税収を年金特別会計に繰り入れることにする。そうすれば、年金財政上も、年金を削減したのと実質的に同じ結果が実現されることとなる。

「社会保障と税の一体改革」で本来行われるべきは、こうした措置だ。つまり、「社会保障改革は社会保障制度の枠内だけで行う」という考えから脱却し、必要であれば税という手段も用いて、所期の目的を達成するのである。

しかし、消費税増税に際しては、このような考慮はまったくなされなかった。それは、単に財源のつじつま合わせだけのものだった。

問題は、政治的にこれを実現できるかどうかだ。消費税は、負担が広く薄くかかるので、相対的には、最も容易な負担増加措置である(そのために、将来の財政の基幹財源として消費税が選ばれている)。それに対して、ここで述べた方式は負担者がはっきりしているので、抵抗が大きい。「消費税増税でさえ、政治的には難しかったのだから、年金課税など不可能だ」という意見があるかもしれない。確かにそうだ。しかし、それを乗り越えるのが政治の役割である。

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