経済的に矛盾する日本再生戦略の目標

国家戦略会議が日本再生戦略を提示した。

戦略は、次の3分野での雇用を増やすとしている。グリーン(革新的エネルギー・環境社会の実現プロジェクト)で140万人、医療・福祉で284万人、観光で56万人。これら計で480万人の増だ。

このうち、「グリーン」は製造業であると仮定しよう。また、医療・福祉のうち、医薬品・ロボット開発等3万人を除く大部分は非製造業であると考えられる。すると、観光と合わせて、337万人の雇用が製造業外で増加するわけだ。

仮に総労働力人口が一定であるとすれば、他の産業の雇用がこれだけ減少することとなる(実際には、本稿の最後で述べるように、労働力人口は減少する可能性が高い)。

これまでの日本で、就業者が最も大きく減少してきたのは、製造業である(2002年から11年の間に、製造業の就業者は181万人減少した。他方で、医療・福祉では、200万人増加した)。この傾向が将来も続くとすれば、337万人減少のほとんどは、製造業で生じるだろう(そして、製造業の他分野からグリーン分野への振り替えが140万人生じる)。

この場合、製造業の就業者は、11年の1029万人から、20年の692万人に減少するわけだ。これは、1990年代初めから現在に至るトレントがほぼ変わらずに将来も引き続くことを意味する。

医療・福祉分野へのシフトで経済全体の所得は低下する

日本の場合、就業者が製造業からサービス産業などにシフトすると、経済全体の所得は低下する。なぜなら、日本のサービス産業の生産性は低いため、賃金が製造業より低いからである。賃金として、「きまって支給する現金給与額」をとると、10年において、製造業の賃金は、医療・福祉分野の賃金に比べて9%ほど高い。したがって、現在の所得格差が変わらずに、製造業の比率が低下してその分だけ医療・介護が増加すると、経済全体の所得は、低下するわけである。

再生戦略は、「11年度から20年度までの平均で、名目3%程度、実質2%程度の成長を目指す」としているが、そのような所得増加は実現できないわけだ。

あるいは、次のように言ってもよい。再生戦略は、さまざまの分野で追加需要が発生するとしている(例えば、医療・福祉での市場規模が約50兆円になるとしている)。そうした需要増があれば、経済全体として需要が増加し、その結果実質2%の経済成長が実現すると考えているようだ。しかし、支出された額は所得に分配されるのだから、所得も(近似的に言えば)同率で成長しなければならない。ところが、右で示したように、最も大きな就業構造の変化は、所得が低下することを示しているのである。つまり、再生戦略は、マクロ経済的に矛盾した姿を描いていることになる(実際には、需要がいくつかの分野で増えるのに対応して他の分野で減少し、その結果、全体としての需要は増えず、経済はマイナス成長になる)。

再生戦略に対しては、「目的を実現するための具体政策が明確でない」との批判が多かった。しかし、最も基本的な問題は、経済成長に関する想定が不整合なことなのである。

実は、これまでの日本経済においても、このような現象が進展していた。すなわち、上記のように製造業の就業者が減少した半面で、医療・介護の就業者が増加した。しかし、介護分野の賃金が低いために、全体の所得が低下したのである。

再生戦略が考えているのは、このような雇用変化のパタンを将来にわたって継続するというものだ。現実にこうなる可能性は極めて強いのだが、このパタンが続く限り、日本の所得は低下してゆくことに注意が必要である。これは、「日本貧困化戦略」なのである。

貧困化のトラップから脱却するには、医療・介護分野の所得水準を引き上げる必要がある。現在この分野の賃金が低いのは、介護分野での賃金が介護保険の枠内で抑えられているからである。最低限、その制約を撤廃する必要がある。

脱原発は自動的に実現される

産業構造の分析から、電力についても、重要な示唆が得られる。

製造業は電力多使用産業である。具体的には、付加価値1単位当たりの製造業の電力使用量は、サービス産業の3.4倍である。

したがって、GDPの総額が変わらなくとも、製造業の比率が減少すると、産業用電力使用量はかなり減少する。

09年において、付加価値ベースでの製造業のウエイトは18%程度だ。右に見たように、就業者ベースでは、20年の製造業は11年の67.2%に縮小する。付加価値ベースでも同率で縮小するとすれば、20年の製造業の付加価値ウエイトは12.1%になる。製造業以外の産業の電力使用量はサービス産業と同じだとすると、産業・業務用の電力使用量は、3.4×0.18十0.82=1.432から3.4×0.12十0.88=1.288へと10.1%減少する。

東京電力の場合、家庭用電力が全体の34%であり、残り66%が産業・業務用である。家庭用電力使用量が不変であるとすれば、全体の電力は、約6%減少するわけだ。したがって、火力発電を増やすことなく、それだけの原発を止められる。

震災前の10年において、原発依存度は26%であった。したがって、再生戦略が描く産業構造転換が実現すれば、それだけで原発依存度は自動的に20%にまで下がるわけだ。

国家戦略会議の分科会であるエネルギー・環境会議は、6月にエネルギーミックスと環境に関する三つの選択肢を提示した。そこで示されたのは、30年までに原発依存度を0%、15%、あるいは20~25%に下げていくという三つのシナリオだ。しかし、いま述べたことによれば、第3のシナリオは、自動的に達成できるレベルに比べて、「引き下げ」でなく「引き上げ」ということになる。

それだけではない。再生戦略は実質2%の経済成長を想定している。しかし、右に述べたように、そこで描かれている産業構造転換が実現すれば、所得が低下しゼロ成長になる。その場合、20年における実質GDPは、2%成長の場合に比べて16%ほど低くなる。

過去の実績を見ると、電力使用はほぼGDPに比例している。その傾向が将来も続けば、20年における電力使用量は想定値に比べて16%少なくなるわけだ。上記の結果と合わせれば、これによって、原発依存度は自動的に4%程度にまで引き下げることができる。

実は、さらに議論すべき点がある。以上で検討したのは、労働力人口が不変の場合である。ところが、労働年齢人口が減少するため、労働力人口は減少する可能性が強いのである。

25年における労働力人口を10年と同じ値にするには、15~64歳の労働力率を現在の76.4%から88%にまで引き上げる必要がある。ところが、再生戦略は、20年までの目標値として、「20~64歳の就業率80%、15歳以上の就業率57%」としている。こうであれば、20年の就業人口は現在よりかなり減少する。その結果、経済成長率はさらに低下する。それに加えて製造業の雇用が減少すれば、経済成長率はさらに低下するし、電力需要も減る。脱原発が自動的に実現されることは、ほぼ疑いがない。

Comments

comments

Powered by Facebook Comments