次世代ネットは正しい方向か?

NTT東日本とNTT西日本は、光ファイバーを使った次世代ネットワーク(NGN)サービス「フレッツ 光ネクスト」を3月31日に開始すると発表した。

これまでの通信の仕組みでは、固定電話、携帯電話、インターネットなどのネットワークがそれぞれ独立し、個別のサービスを提供していた。NGNは、これらを統合し一元化しようとするものだ。

NGNは、日本に限定されたものではない。3年前にイギリスのブリティッシュ・テレコムがNGNに踏み切り、フランス・テレコムやドイツ・テレコムがそれを追った。つまり、これは、ヨーロッパの大手電話会社が始めた動きである。

NTTは、これによって、「固定電話とインターネットのいいとこ取りをしたネットワークができる」と説明する。まず、固定電話が持っている高い信頼性とセキュリティをインターネットに取り込める。他方で、高速で大容量の通信を低コストで提供するというインターネットの長所も、そのまま生かせる。したがって、NGNは「グラハム・ベルが電話を発明して以来、130年ぶりの大改革だ」と言われる。

これまでの分立した通信システムの仕組みに問題があることは、事実だ。インターネットは信頼性が低いし、セキュリティやサービス品質の点でも問題がある。他方で、固定電話は通話料収入の減少に歯止めがかからず、今のままの固定電話には未来がないと言わざるをえない。また、携帯電話は定額制の浸透などで収益が伸び悩んでいる。

では、NGNが未来に向かう唯一の方向なのかと言えば、疑問がある。最大の問題は、独占的な地位を持つ巨大通信キャリアを中心とする仕組みであることだ。ヨーロッパのテレコムにせよ日本のNTTにせよ、NGNを推進しようとしている主体は、昔ながらの固定電話網を抱えた電話会社なのである。NGNは、「これら電話会社が生き残るための最後の手段だ」と言われることがある。

NGNに批判的な人が危惧するのは、巨大通信キャリア画素の市場支配力を濫用し、公正な競争が阻害されることだ。形式的な開放性は確保されていても、関連する事業者は、通信キャリアの仕組みしか利用できなかったり、それに適合することを余儀なくされたりするという事態が起こりかねない。そうなれば、結局は巨大電話会社に有利になり、その結果、未来のネットワークがコントロールされる危険がある。

それは、自由で分権的なネットワークとして発達してきたインターネットの方向を、大きく変える危険を持っている。インターネットは、多数のユーザーの独自な技術革新が自由に行なわれることによって発展してきた。それがコントロールされれば、大きな悪影響があるだろう。

この道はいつか来た道?

「自由に参入できない閉鎖的なネットワークが失敗する」というのは、日本とフランスにおける1980年代の経験で、すでに実証済みのことなのである。

日本電信電話公社・NTTは、84年から「キャプテンシステム」というサービスを提供していた。これは、テレビをモニタとし、公衆電話回線を使って文字や画像を送受信するものだった。チケット予約やショッピング、株式市況、気象情報などのサービスが提供された。しかし、専用機器が必要で通信料も高かったことから、利用は広がらなかった。後に登場したパソコン通信に加入者数で大きく引き離され、2002年にサービスを終了した。

フランスでは、「ミニテル」と呼ばれた同様のサービスが、79年末からフランス・テレコムによって提供されていた。電話帳に代わるオンライン電話帳として無償で家庭に配布された。また、列車・航空機・ホテルなどの予約システムや、オンラインショッピング、生活情報などのサービスも提供された(私も利用したことがある。ホテルで予約した列車のチケットを、駅に設置してある端末に番号を入力して、入手した)。

しかし、オープンなネットワークであるインターネットには太刀打ちできず、97年にはミニテルを発展的にインターネットへ統合し、廃止することが決められた。ミニテルは、家庭用端末として一定の機能は果たしたものの、結局はフランスのインターネット普及が諸外国に比べて著しく遅れる結果をもたらした。

「キャプテン」にしても「ミニテル」にしても、最大の問題は、独占企業が提供する閉鎖的なネットワークであったことだ。「開放性」こそが、インターネットという新しい情報システムの最大の特徴なのだ。そして、それこそが、90年代以降の世界経済の姿を大きく変えた基本的な要因である。

多様性と柔軟性に基づく革新こそ重要

アメリカにおいては、統合サービスはIMS(IP Multimedia Sub-System)という方式で進められており、「NGNはほとんど問題にされていない」と言われる。

IMS規格は、もともとはGSM携帯のデータ通信機能を使って音声や映像サービスを展開するために作られた。それが発展して、インターネット電話やインターネット放送などを統合するために利用されるようになったのである。IMSでは、統合サービスを低いコストで提供することができる。

この背景には、大手CATV事業者と通信会社のあいだで激しい競争が行なわれているため、「安いサービスの提供が至上命題」という事情がある。私もスタンフォード大学に在籍していたときに、インターネットをCATVで接続するか、通信会社と光通信の契約をするかの選択があったが、アパートにCATVの端末が何個もあったこと、料金が安かったことから、CATVにした。そして、きわめて快適な通信環境を安いコストで実現できた。

私は、NGNの話を聞くと、01年頃、NTTがISDNにこだわっていたため、ADSLのブロードバンド普及が遅れたことを思い起こす。NGNがISDNの二の舞になるようなことはないだろうか。

日米の方式の違いは、テレビにおいても顕著だ。これについては、本欄でかつて指摘したことがある。アメリカはCATVで、多チャンネルだ。これに対して日本では、チャンネル数がごく限定された地上波のデジタル放送だ。

NGNが普及すると、出先から携帯電話で自宅のテレビの録画予約をしたり、照明を操作したり、クーラーを動かしたりすることが可能になるという。私は、こうしたサービスが本当に必要なものなのかどうか、大いに疑問に思う。そして、「地デジ放送では髪の毛一本も見分けられる」という宣伝文句を思い出してしまう。重要なのは、テレビにおいては多チャンネル化とチャンネル間競争による番組内容の質の向上であり、通信においては低コストと利用者が本当に求めているサービスの提供であろう。

じつは、日米の違いは、もっと広範に存在する。それは、アメリカの製造業が、iPodに代表されるように水平分業に移行しているのに、日本の製造業が垂直分業に固執していることだ。巨大企業による寡占体制が、日本の将来を塞いでいる。

さまざまな主体が市場を通じて自由に結び付く。それがもたらす多様性と柔軟性によって革新を実現する。こうしたモデルを実現できるかどうかが、未来における社会の姿を決めるだろう。

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