輸出入を円で見るかドルで見るべきか

貿易収支の指標にはいくつかのものがある。普通はどれで見ても大体の傾向は同じなのだが、2009年以降は、どれを見るかで数字の傾向はかなり異なる。その違いは、状況の認識や、必要とされる対策の評価に影響を与える。

第1の差は、円建てとドル建ての差である。

普通見るのは「円建ての名目値」だ。例えば、貿易統計の数字がそうである。財務省が発表する国際収支統計の計数も円建てだ。国民経済計算(GDP統計)の名目値もそうだ。

われわれは、通常、こうした名目の数字を見て、貿易収支の変化を把握している。「輸出立国・貿易立国が終わった」等の議論は、これによる。

確かに、円建てで見ると、日本の輸出は伸び悩んでいる。08年の輸出は81兆円であったが、世界的金融危機の影響で、09年には54.2兆円と3割程度も落ち込んだ。そして、いまだに08年のレベルに回復できないでいる。11年の輸出は65.5兆円だったが、これは05年ごろの水準でしかない。そして、ピークであった07年の83.9兆円に比べると、22%ほども少ない。額では、18.4兆円の減少である。

ところが、ドル建ての数字を見ると、これとはかなり異なる傾向が読み取れる。輸出は09年に落ち込んだが、すでに10年にほぼ08年の水準を回復した。そして、11年には過去最高を更新し、07年より15%も増えている。

海外から日本の貿易を見る場合には、ドル建ての数字が使われる場合が多い。国際機関の統計等で日本の貿易収支という場合には、ドル建てだ。だから外国から見れば、日本は依然として「輸出大国」なのである。

しばしば、¬11年に貿易収支が赤字になったのは、東日本大震災やタイ洪水のため輸出が減少・停滞したからだ」と説明される。しかし、この説明は誤りだ。日本の輸出は、大震災やタイ洪水にもかかわらず、ドルベースでは順調に伸びているのである。ただ、円高が進んだので、円ベースで見て伸びていないのだ。

輸入についても、円建てとドル建てでは傾向がかなり違う。

円建てで見ると、11年における輸入額は、09、10年よりは増えたものの、08年に比べるとまだ少なく、06年ごろと同じ水準である。07年に比べると、7%ほど少ない。

ところが、ドル建てでは、11年の輸入額は08年をかなり超えて過去最高だ。07年に比べると、37%も増大しているのである。

貿易収支はどうか。円建ての11年の貿易収支は、貿易統計では2.6兆円の赤字だ(国際収支統計では3.38兆円の赤字。GDP統計の名目純輸出は、マイナス4.3兆円)。これは、絶対額で10年の黒字の38.6%に当たる。

一方、ドル建てでは、11年の貿易収支は、322億ドル(約2.6兆円)の赤字であり、円ベースで見るのとほぼ同じだ。つまり、円建てに比べて輸出を輸入もドル建てでは大きくなるので、赤字はほぼ同じなのである。ただし、10年黒字比は42.7%であり、円ベースより高くなる。

ドル建ての赤字は対外資産を滅らす

以上から、次のことが言える。

第1に、東日本大震災の影響は、輸出ではなく、輸入に表れている。そして、この傾向は、発電の火力シフトが続く限り続く。つまり、貿易収支の赤字化は、構造的な要因によるのであり、簡単には解消できない。

「貿易収支が赤字化したので、輸出を増やして黒字化すべきだ」と考えている人が多い。しかし、この考えは誤りだ。まず、輸出はドル建てでは増えている。しかも、赤字は輸入増によって生じているので、輸出を増やしても解消できない。

第2は、所得収支の評価である。対外資産の多くはドル建てなので、その増減はドル建て貿易収支に影響される(正確には、それにサービス収支と所得収支を加えた経常収支で決まる)。11年にはドル建て貿易収支が赤字になったので、対外資産の蓄積スピードがそれだけ鈍ったわけだ。

これまでも、円建てで見た対外資産が減ったことはある。ただしそれは、円高に伴う評価損であり、ドルベースの減少ではない。だから、対外資産のドルベースでの購買力は保持されていた。今回起こったのは、評価上の問題ではなく、ドルベースの資産額の問題である。

ところで、円ベースの対外資産や所得収支は、円高によって縮小したように見える。しかし、ドルベースでは堅調だ。そして、貿易収支に対する所得収支の相対的な重要度は、今後ますます増える。

しかし、円ベースの収支を見ていると、このような所得収支の重要性を過小評価してしまう。必要なのは、「輸出を増やそう」とすることでなく、対外資産の運用効率を高めることにより、所得収支を増やすことなのである。

実質純輸出の減少が成長に与える影響は大きくない

ところで、貿易収支を見るには、もう一つの指標がある。それは、実質値だ。GDP統計の「実質純輸出」(実質輸出-実質輸入)を見ると、11年は黒字である。ただし、実質値は基準年をどこに取るかによって水準が異なるので、11年の実質純輸出が黒字であることに、格別の経済的な意味はない。

問題は、変化である。そこで、10年からの差を見ると、約4兆円の減だ。したがって、11年において、貿易がGDPを縮小させる方向に動いたことは間違いない。ただし、その程度は、名目で見るよりはかなり小さい(名目値であるところの貿易統計では、10年の6.63兆円の黒字から11年の2.56兆円の赤字へと、9.19兆円悪化した)。

つまり、有効需要の一項目である純輸出が減少したため、経済成長にマイナスの寄与をしたことは事実だが、実質値で見ると、その効果はさほど大きくないということだ。

なぜそうなるのか? 理由は、発電用燃料輸入の名目値の増加は、量の増大によるものだけでなく、ドルベースでの価格上昇によるものもあるからだ。「後者の影響を除いて実質で見ると、発電用燃料の輸入増は、名目値で見るほどは大きくはない」ということだ。

なお、実質値での輸出は、09年に前年から24%ほど減少した後、回復した。11年は、07年より4.6%ほど少ない。輸入は、09年以降伸びている。11年は07、08年とほぼ同じだ。

この議論の結論は、次の通りだ。日本の貿易収支が赤字化した原因は、リーマンショックによる輸出減でもなく、大震災やタイ洪水による生産設備の損壊でもない。発電における火力シフトの結果、発電用燃料の輸入が増えたことである。これは構造的なものであり、火力依存が続く限り続く。

輸出立国が終わったことは事実だ。しかし、それは、輸出が伸びないからではなく、電気料金をはじめとする輸出製品のコストが高まっているからである。

これは、輸出振興策や円安政策を取ったところで解決しない。円安になれば円建ての生産コストが上昇するため、企業の利益はかえって減少してしまうだろう。

貿易収支赤字化の主要な結果は、上で見たように、対外資産と所得収支をドルベースで減らすことにある。ただし、それは、対外資産の運用効率化によって対処できる。今の日本で最も重要なのは、対外資産の運用を効率化することによって、所得収支を増大させることである。

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