中国の消費需要は日本企業の救世主か?

「中国で製造したものを買う」時代は終わり、これからは「中国に売る」時代になると言われる。つまり、中国は、「世界の工場」から「世界の市場」になりつつあるというのだ。

中国の経済成長によって、世界経済における中国の役割が変化しつつあるのは事実である。賃金が上昇しているので、これまで中国生産の有利性を支えてきた要因は変化している。また、乗用車の販売台数が世界一になったように、さまざまな分野において中国の需要が目覚ましく伸びている。

しかし、だからといって、中国市場が世界の供給者にとっての救世主になるとは限らない。

なぜなら、第1に、「膨大な規模のマーケットが成長すること」と、「そこに売り込めること」とは別の問題であるからだ。「その事業で利益を上げられるかどうか」は、さらに別の問題である。

しばしば次のように言われる。中国をはじめとするアジア諸国においては、目覚ましい経済成長によって所得が向上し、新しい中間層が誕生しつつある。この階層は、「ボリュームゾーン」と呼ばれる。

こうした話を聞くと、日本の中間層と同じような購買力を持つ人々が、今後アジア諸国に膨大な数生まれるような錯覚に陥る。だから、日本国内の需要飽和や対米輸出の減少に直面している企業は、「これからはアジア新興国に売り込め」ということになるのだ。

しかし、現実は、このイメージとは大きく違う。中国の中間層とは、著しく貧しい人々なのである。そのことは、中国の1人当たりGDPが日本の約10分の1しかないことからも想像できる。しかも、中国の所得分布は偏りが激しく、ごく少数の富裕層が全体の平均値を引き上げている可能性が高い。そして、数の上で圧倒的多数を占める人々の所得は、かなり低いのだ。「中国に売り込もう」というのであれば、まずこの事実を正確に理解する必要がある。

幻の存在にすぎない「ボリュームゾーン」

右に述べたことを、データで確かめておこう。

中国国務院発展研究センターの資料によると、2006年における中国の都市世帯の所得分布は、年間所得4.5万元未満が57.6%、4.5万元以上~18万元未満が39%、18万元以上が3.4%である。

通常、「中間層」と言われているのは、4.5万~18万元の世帯だ。この階層の世帯が、16年には都市全世帯の59.9%にまで拡大すると予測されている。「大規模な需要が生じる」と言われるのは、こうした予測を基にしている。

しかし、4.5万~18万元とは、日本円で言えば、56万~224万円だ。中位数である111.25万元は、140万円だ。日本では、生活保護水準ぎりぎりか、それ以下である。実際には多くの世帯が、これ未満の所得なのである。こうした所得階層の人が日本の中間層と同じものを購入するとは思えない。

しかも、以上で見たのは、都市世帯だけである。人口の約半分を占める農村世帯の所得は、都市のそれの半分程度でしかない。

日本の中間層のイメージに合致するのは、18万元以上の世帯だろう。この階層は、16年に20.3%に増加すると予測されている。中国の都市人口は総人口の約半分だから、16年におけるこの階層の世帯数は、日本の総世帯の10%程度になる。決して少ない数ではないものの、仰天するほどの大きさでもない。

「ボリュームソーン」というとき、われわれは、無意識のうちに、「数は数億人、所得は日本の中間層程度」とイメージしてしまっている。この誤解は正されなければならない。

では、日本企業が中国の消費者に売り込もうとするとき、目指すべきは、数が多い4.5万~18万元の世帯なのか、それとも所得が高い18万元以上の世帯なのだろうか?

どちらを対象とするかで、ビジネスモデルは大きく異なるはずだ。このことを、まずはっきりと決める必要がある。

4.5万~18万元を日本企業が対象としても、とても利益のあるビジネスはできないだろう。この階層の人々が買う商品は、日本企業がこれまで生産してきたものとは異質のものだ。例えば冷蔵庫で言えば、1台数千円のものが生産され販売されている。家庭で使用できる電力量の制限からも、購入できるのはこうしたものにならざるを得ない。乗用車で言えば、1台数十万円のものだ。

こうした製品の生産に乗り出せば、利益総額は減少せざるを得ない。¬日本国内に過剰生産能力があるが、国内に需要がないので、はけ囗として新興国に売る」というのでは、とてもやっていけない。私は、日本企業がこの方向を目指すのは、自殺行為であると思う。

中国に売るのであれば、18万元以上の所得階層を対象どすべきだと思う。繰り返し述べるが、この階層の世帯は、日本の総世帯の10%にすぎない。以下で述べる厳しい競争条件を考えると、若年層人口減で減少する日本国内の需要や、円高によって減少した輸出を補うような規模にはならないだろう。

規制分野で利益を得るか激烈な競争を受け入れるか

重要なのは、この階層を対象にしても、必ず利益が上がるわけではないことだ。なぜなら、中国をはじめとする新興国においては、規制と利益の間に強い関係があるからだ。日本の企業が中国の消費者を対象に進出する場合、この基準に照らしてどの分野であるかによって、条件が大きく違う。

一般的に言えば、利益が保障されている分野は、参入規制や業務規制がある分野だ。金融がその例である。参入は当局によって厳格にコントロールされており、金利統制が行われているため、一定の利ざやは保障されている。しかし、参入のためには、高い障壁を越えなければならない。

それと対照的に、規制がない分野では、激烈な競争が行われている。その典型はエレクトロニクス産業だ。競争相手は、外国企業だけではない。中国の企業が成長しつつある。しかも、活力にあふれた若い企業が多数誕生している。そして、さまざまな分野で、中国企業は技術面でも日本企業を抜きつつある。

例えば、11年の国際特許出願件数でトップの企業は、中国の中興通訊だ。これは、1985年に設立された通信設備および通信端末のメーカーである。

自動車産業は、以上の二つの中間だ。まず、参入規制があり、中国企業との合弁でしか進出が認められない。他方で、地場企業が成長しているので、競争が激化している。とりわけ、価格引き下げ競争が激しい。日本企業は、二つの基準の両方で不利な立場に置かれているわけだ。

したがって、最低限、部品メーカーも現地化しないとやっていけない。これは、日本国内で雇用が減少することを意味する。国内の雇用は、サービス産業に求めざるを得ないのだ。この観点からすると、政府がこのたびまとめた「日本再生戦略」は、医療や介護などの内需産業を重視している点で妥当と評価される。

ただし問題は、この分野の生産性が低く、賃金が製造業に比べて低いことだ。これまでも、製造業からサービス産業に流れた。そして経済全体の賃金水準が低下した。過去20年間程度の日本経済沈滞の本質はここにある。したがって、この分野の生産性をいかに高めるかが大きな課題である。

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