ITは世界を変えたが日本を変えていない

地方都市に行くと、どこでも同じ風景に出くわす。空港を出ると、よく整備された道路が走っている。道路沿いには、さまざまな店舗が出店している。ところどころにショッピングセンターもある。ところが、市街地に入ると、急に活気がなくなる。駅前商店街は、「シャッター通り」そのものだ。人通りも少ない。

その地方の方々と話すと、次のような答えが返ってくる。

「この10年間、公共事業が増えて潤った。ところが、ここ2~3年、それが減って苦しい状態が続いている。国からの財政資金をもっと増やしてもらわないと、どうしようもない。駅前商店街の惨状を救うには、大型店の規制がどうしても必要だ。格差、格差と言うが、最も深刻な格差は、東京と地方のあいだにある。東京が発展する一方で、地方は衰退するばかり。どうか力を貸してほしい」

じつは、この半年のあいだに、まったく同じ意見を、まったく別のところで聞いたので、やや驚いている。

1500kmを行き来するハンバーガーの注文

新しいもので最も目につくのは、道路である。空港から市街地に入るあいだに新しい高速道路を通ることも多くなった。ただし、これらが何をもたらしたかを聞くと、これまた同じ答えが返ってくる。

高速道路や新幹線ができた結果、地元の人びとは、中核都市へ買い物に出かけるようになった。新しい高速道路の場合、その傾向が著しい。数人で1台の車に乗ったり高速バスに乗ったりして、1日がかりで買い物に行く。その結果、地元の商店街はさらにさびれることとなった。

私は、だいぶ前から、地方の公演で、「いまやあなたがたの時代になった」と話していた。「インターネットで通信コストが激減したので、距離に関係なく仕事をすることができる。東京中心の時代は終わった」。

長野オリンピックの頃には、こう言っていた。「オリンピックで通信施設が増強されるから、終了後にその施設を新しい業務展開に使えばよい」。

しかし、こうした提案は、長野だけでなく、日本のどこでも理解されなかったようだ。「通信コストがゼロになれば、新しい仕事ができる」と言っても、それが具体的にどういう仕事なのかが、理解されなかったのだろう。

先日読んだトーマス・フリードマン『フラット化する世界』に、おもしろい例が出ていた。これは、ミズーリ州にあるマクドナルド・ハンバーガーのドライブスルー店の話だ(ドライブスルーとは、客が車に乗ったままで、マイクに向かって注文を言い、車を進めて窓口で商品を受け取る仕組み。アメリカには1960年代からごく普通にある)。

このドライブスルー店が他店と違うのは、客の注文が直接に厨房に伝わらないことだ。注文は、1500km離れたコロラド州にあるコールセンターに伝送される。ハンバーガー店とコールセンターは高速データラインでつながっている。

コールセンターの係がミズーリ州の客の注文を聞き、デジタルカメラで客の映像を撮り、画面に注文を表示して間違いがないことを確認し、注文と客の画像をミズーリ州の店の厨房に送り返す。厨房の係員は、それを見て客に商品を渡す。ミズーリ州の客は、自分の注文がコロラド州とのあいだを行き来したことを知らずにハンバーガーを受け取る。

この方式で正確さが増し、間違いや苦情が大幅に減った。そして、注文の処理速度を、マクドナルド店の平均である2分36秒から1分5秒に短縮することができた。その結果、1時間に処理できる客数が増え、売り上げが増大したという。

この例は、IT(情報通信技術)の進歩が業務の進め方を根本から大変革することを象徴的に、しかも具体的なかたちで示している。

その変革の本質は、情報の伝達に関する限り、「距離」はもはや消滅したということである。ハンバーガーを注文する客と店の厨房にいる従業員は、数メートルしか離れていまい。しかし、その間の情報伝達をわざわざ1500kmに拡大することによって、かえって業務が効率化し、利益が増大しているのである。

フリードマンは、さらに、インドの家庭教師からオンラインで授業を受ける、アメリカの家庭が増えていることなどを紹介している。

こうしたことが可能になる基本的な理由は、情報伝達に関するコスト(正確には限界コスト)が事実上ゼロになったことだ。この連載でも何度も述べたが、それが世界の経済構造を一変させてしまったのだ。

しばらく前から、アメリカで企業に電話をすると、そのほとんどはインドのコールセンターに送られる。電話をかけた人は、インド人のオペレーターと話していることを意識しない。

アメリカとインドとの情報のやりとりは、こうした単純なものに限定されていない。データ処理、プログラミング、税務処理や会計処理、そして、法律業務や経営の意思決定までアウトソースされている。インドの経済発展は、これによってもたらされたのだ。そして、安くて能力の高い労働力を使えるアメリカの企業の利益率も向上する。

ヨーロッパとのあいだでは、90年代初め頃からこの仕組みが一般化している。日本を追い越したヨーロッパ周辺国の所得水準は、これによって実現したものだ。

国への依存心がある限り地方の発展はありえない

東京と地方の格差が拡大しているという。確かにそのとおりだ。地方がさびれてゆく半面で、東京の湾岸地域に次々と新しいビルが建ってゆくのを見れば、誰でもそう感じる。「距離は無関係。いまやどこでも同じことができる」という私の主張が空虚に響くのは、もっともなことだ。

しかし、重要なのは、「日本の現状は、不可避なものではない」ということだ。「駅前商店街の衰退はモータリゼーションがもたらしたものだ」という。確かに、アメリカでも、大都市の中心部はさびれている。しかし、都市の郊外には新しい経済活動が次々に展開している。それは、日本の国道沿いにあるような店だけではない。新しいオフィスビル街が誕生しているのだ。

さらに、ニューヨークやシカゴなどの伝統的大都市とは異質の、中小地方都市が発達している。これは、モータリゼーションがもたらしたものだ。つまり、モータリゼーションはうまく活用すれば、地方を活性化させるのである。

「格差は、東京と地方のあいだにおいてこそ大きい」という。これもそのとおりだ。しかし、なぜそうなるかといえば、国に依存しようとするからだ。そして、自分たちが新しい経済活動を起こそうとしないからだ。

格差を是正するために、政治に頼る。政治家は、票を目当てにその要求に応える。その結果、地方の衰退が加速される。この構造が変わらない限り、地方の発展はありえない。

日本にはドライブスルー店は少ないから、コロラド州のコールセンターのまねは難しいかもしれない。しかし、インドの家庭教師のまねなら、いくらでもできるだろう。アメリカとインドのあいだでできることが、なぜ東京と地方でできないのか。

公共事業を増やせという前に、そして街づくり三法と言う前に、なぜ税理士村や会計士村をつくろうとしないのか。私には、不思議でならない。

Comments

comments

Powered by Facebook Comments

ITは世界を変えたが日本を変えていない” への1件のコメント

  1. 全くそのとおりだと考えます。
    新しいことをどんどん始めるべきです。

    ところで
    私もいろいろアイディアは浮かびます。
    しかし実行はしていません。

    アイディアを思いつくことと、
    それを実行することの間には、
    相当高い壁があります。
    そして、アイディアを思いつくことより
    それを実行することのほうが、
    1000倍難しいということです。

    この文章を読んだ人が
    一人でも多く実行に移すことを期待したいです。

コメントは受け付けていません。