ビッグマックで見る異常な円安

「日本の株価下落は、改革機運の後退に失望した外国人投資家が日本株を売っているからだ」と説明されることが多い。しかし、それが株価下落の主たる理由なら、円が売られるから、円安が進行するはずである。しかし、実際には昨年の夏以来、顕著な円高が生じている。だから、外国人投資家の改革失望が株安の主要な原因とは考えられない。

実際、これまで「改革」の名に値するようなことは、なにも行なわれなかった。

郵政民営化は、日本経済を活性化する改革だったろうか? 仮に郵便貯金や簡易保険が消滅したのであれば、資金の流れは変化して日本経済の構造は変わっただろう。しかし、実際に行なわれたのは、経営形態を変え、事業の名称を変えることだけだった。民営化した郵便貯金は、事業範囲を拡大し、地銀などの民間金融機関を脅かす存在になっている。

道路公団の民営化について、虚偽性はもっと明らかだ。仮に高速道路建設計画が縮小されたのであれば、日本経済の構造に影響を与えただろう。しかし、道路公団が3つの高速道路株式会社などに名称を変更しただけのことで、建設計画自体には、なんの変更もなかった。

道路特定財源もそうだ。仮に一般財源化がなされたのなら、大きな改革と評価することができるだろう。しかし、一般財源化は、叫ばれはしたものの、実際にはなにも変わらなかった。

地方財線に関する「三位一体改革」もそうである。国税の一部が形式的に地方税に振り返られただけのことで、地方公共団体の財政自主権はまったく拡大しなかった。

小泉・安倍内閣時代を通じて、「改革」が声高に叫ばれたことは事実だ。しかし、それは政治的スローガンとして唱えられただけのことであり、制度や政策の実態が変わったわけではなかったのである。

その半面で、改革が最も必要である産業と企業の構造に関しては、金融緩和と円安政策によって、旧体制の維持が図られた。古いタイプの企業が、金融緩和によって利子負担を軽減され、円安政策によって輸出を増やした。その結果、企業収益が増大して株価が上昇したのである。特に、円安の効果は大きかった。この欄でこれまで何度も述べたように、2005年以降の企業収益の増加と株価の上昇は、基本的には円安バブルに支えられたものだった。

ところが、昨年夏頃にサブプライムローン問題が顕在化し、世界の資金の流れが大きく変わった。日本円を売って高金利通貨で運用する取引が急減したため円高が進行し、それが輸出産業の収益低下をもたらすと予測されて、株価が下落したのである。つまり、これまで円安バブルに支えられていた株価が、支えを失って本来の水準に戻りつつあるだけのことだ。

1ドル79円が妥当なレート?

これまでの為替レートがいかに異常なものだったかは、第401回で述べた。そこでは、過去の実質実効為替レートとの比較で、昨年夏までのレートがいかに円安だったかを示した。

同様のことは、次のような説明をすれば、もっと把握しやすい。それは、「ビッグマック指数」を用いる説明法だ。この指数は、もともとはイギリスの経済誌『エコノミスト』(The Economist)が考え出したものだ。ビッグマックは全世界でほぼ同一品質のものが販売されているので、購買力の比較に使いやすいのである。

ロイターは、最近の指数を次のように算定している。東京都内で販売されているビッグマックの価格は、税込みで290円、課税前価格では276円である。他方、ニューヨークのマンハッタンでは、課税前価格で3.49ドルだ。課税前価格が日米で同一になるような為替レートを求めると、1ドル79.14円となる。これがビッグマック指数による為替レートである(経済学では、このような考えに基づいて算出される為替レートを「購買力平価」と呼んでいる。その算出には、ビッグマックのような単一商品ではなく、物価指数を用いる。ただし、この場合には、基準時点との比較しかできない)。

ところで、2月18日の実際の為替レートは107.7円なので、ビッグマック指数に比べて今でも円が大幅に過小評価されていることになる。昨年の夏までの状況では、過小評価はもっと激しかったわけだ。

別の言い方をすれば、次のようなことだ(簡単化のため、税の問題を無視する)。東京からニューヨークに旅行する人が、東京で276円で買ったハンバーガーをニューヨークに持っていって売るとする。販売収入3.49ドルを107.7円のレートで日本円にすれば、376円になる。276円の元手で376円が得られるから、こうした行動が利益をもたらすわけだ。

もちろん、東京で買ったハンバーガーをニューヨークまで持っていけば品質が低下してしまうから、この取引は現実に行なえるものではない。しかし、製造業の製品なら品質は低下しないから、こうした取引は現実的なものとなる。

日本の消費者は円高で豊かになりえた

ここで、さまざまな財やサービスの価格の比率は、日本でもアメリカでも同一であるとしよう。たとえば、「日本でもアメリカでも、自動車はビッグマック1万個分」というような関係が成立しているとしよう。

そうであれば、日本で276万円の自動車がアメリカでは3万4900ドルになる。したがって、日本で製造した自動車を外国に輸出して売れば、右で述べたメカニズムによって利益が発生する。

このため、日本の自動車産業の利益が増加し、それによって株価も上昇する。この数年間に現実の経済で生じたことの基本は、このようなことだったのである。

しかし、これとは別のシナリオもありえた。それは、為替レートが円高になることだ。もしそうなっていれば、輸出産業の利益は増大しなかっただろうが、日本人は外国からの輸入品を安く買うことができた。あるいは、豊かな外国旅行ができた。いずれにしても、日本の消費者はより豊かになりえたわけだ。

円高は、実際に日本人を豊かにしたことがある。1990年代の中頃には、それまでは大金持ちしか泊まれなかった外国の高級ホテルに悠々と泊まることができた。ところが、今ヨーロッパを旅行すると、日本人はホテル代や食事代をきわめて高く感じる。つまり、円安は日本人を貧しくしたのである。

「日本の1人当たりGDPが諸外国に比べて低下しているのは円安になったからで、その意味では計算上のものでしかない」という意見がある。しかし、円安になれば貧しくなるのは、単に計算上だけのことではなく、現実のことなのである。

ところが、多くの日本人は、このことを実感できない。円安による貧しさは、実感しにくく、わかりにくい。そのために、為替レートをゆがめる経済政策が行なわれやすい。

日本のマクロ経済政策は、これまでも一貫して円安方向へのバイアスを持っていた。それは、輸出産業の利益が優先されたからである。企業人は、外国旅行をするにしても費用は会社もちなので、円高や円安の影響を直接に感じることが少ない。日本の経済政策のバイアスを是正するには、多くの日本人が円高のすばらしさを経験して実感するほかない。

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