日本人の企業観の象徴「デイトレーダーはバカ」

「デイトレーダーは朝買って夜に売り、会社のことは何も考えていない。能力がないという意味ではバカ。すぐに(株を)売るということで浮気者。それから無責任。議決権を与える必要はない」

経済産業省の北畑隆夫事務次官が講演会でこのような発言をしたことがわかり、問題となった。氏は、記者会見で「申し訳ない」と陳謝した。

この発言は、「バカ、浮気者」などの過激な表現があったから問題になったのだろう。では、そうした表現がなく、「デイトレーダーは短期的な売買益だけを目的に株を頻繁に売買するから、会社の経営に悪影響を及ぼす」という発言だったらどうだろう?

大企業の経営者のほとんどは、「そのとおりだ。よくぞ言ってくれた」と歓迎するに違いない。経営者だけではない。国民の多くが、この意見に同意するだろう。「株式会社は社員と経営者の共同体である。だから、デイトレーダーやファンドなどによる株式の売買は、会社にとって撹乱要因以外の何物でもない」という認識は、日本国民にほぼ共通のものだ。

多くの経営者は、「企業の短期的な業績の変動には関係なく株式を保有し続けてくれる安定株主こそが、株主の望ましい姿だ」と考えている。そして、敵対的買収に備えてさまざまな防衛策を講じ、また株の持合いを強化している。「企業の健全な発展のためにこうした措置は許される」というのが、スティール・パートナーズによるブルドックソースの買収に関して2007年8月に最高裁判所が下した判断であった(経営権取得がブルドックの企業価値を毀損し、株主共同の利益を損なうという理由で買収防衛策のポイズンピルを有効と認めた)。

以上のような認識は、多くの学者によっても共有されている。事実、株式会社に関する論議には、しばしば「ステイクホルダー」(利害関係者)という概念が登場する。そして、消費者や地域住民などとともに、「株主」もステイクホルダーとしてとらえられている。

企業の所有者である株主が、地域住民と同列の単なる「関係者」としてしか扱われていないのは、奇妙極まりないことである。しかし、日本では当たり前のこととされている。だから、「経営には口を出さず、安定的に資金を供給してくれる株主こそが望ましい」ということになる。したがって、デイトレーダーやファンドは、迷惑な存在になるのだ。

短期利益を目的とするのは望ましくない株主か?

では、株主の短期的な変動に反応し、売買益を目的に株を売買する株主は、「会社のことを何も考えていない望ましくない株主」であろうか?

これを判断するうえでまず確認しておかなければならないのは、「株価は会社の業績を反映している」という、当たり前の事実だ。会社の業績を考えているからこそ株価に関心かあるのであり、会社のことを何も考えていなければ、そもそもその会社に投資することさえないだろう。

「デイトレーダーは会社のことは何も考えていない」という北畑次官の発言は、「不可解」としか言いようのないものだ。

さらに重要なのは、「株価は、今日明日の企業業績だけでなく、長期的な業績動向(の予測)をも反映している」という事実だ。つまり、株価は決して近視眼ではない(仮に株価が近視眼なら、それより遠くを見渡せる投資家が簡単に利益を得るだろう)。

だから、株価の短期的な動きに反応し、そして売買益だけを目的に株を売買したとしても、企業の経営に悪影響を与えることにはならない。むしろ、そうした売買がなければ、長期的な状況の予測が企業経営に伝わらない。つまり、こうした取引は「会社のことを考えない取引」ではなく、結果的には「会社の長期的な状況も反映している取引」なのだ。

株を頻繁には売買しない「安定株主」は、短期の変動を見過ごすだけでなく、長期の状況変化をも見逃すだろう。だから、すべての株主が安定株主なら、企業経営は市場のシグナルにいっさい反応せず、十年一日のごときマンネリ状態に陥るだろう(それが日本の経営の実態だ)。

繰り返すが、デイトレーダーやファンドは、「経営に興味を持たず、会社の短期的な状況だけにしか興味を抱いていない」のではない。彼らが短期的な株価変動だけに反応しているとしても、そのような行動こそが企業の経営に影響を与え、企業の経営を長期的な状況変化に適応させるのだ。

革新官僚の「アカの思想」が戦後日本の正統的企業観

ところで、最初に述べた株主会社観は、「日本人が昔から持っていたもの」「株式会社が株主のものという考えは、アングロサクソン的自由主義のもので、日本人にはなじまない」と考えている人が多い。

しかし、じつはそうではないのである。戦前の日本企業は、株主の影響力が強い「アングロサクソン的」なものであった。民間企業の経営者は、政府の介入や統制を嫌う自由主義的思想を強く持っていた。

先に述べた考えは、第二次大戦中に、岸信介を首領とする「革新官僚」によって主張されたものだ。彼らの目的は、産業の国家統制だ。企業は利益を目指してはならず、資本の影響から隔離され、国家のために運営されなければならないとする考えだ。

これに対して当時の財界は、国家統制の強化であるとして、強く反発した。商工大臣であった小林一三(阪急電鉄の創始者)は、岸商工次官を「アカ」と非難した。

しかし、戦時経済の要請の下で、岸らの考えが優勢となり、日本の企業構造は大きく変わった(そして、戦前には支配的だった直接金融から、銀行を中心とする間接金融に変わった)。それが、戦後の日本において支配的な考えになったのである。

「岸・椎名ライン」と呼ばれた系列は、戦後の通産省の主流であった。その思想は、経済産業省に引き継がれている。北畑氏は、その系列の正統的な考えを述べただけである。

問題は、1930年代には統制的企業観に強く反発した「財界」が、現在の日本には存在しないことだ。日本経団連の前身である経団連は、戦時中の「統制会」の上部団体が名称を変えたものである。

その初代会長石川一郎は化学工業統制会の会長であった。第3代会長の植村甲午郎は、農商務省官僚であり、石炭統制会の理事長であった。そして、会員企業は、鉄鋼、電力、自動車、重電機など、戦時中に成長した企業である。

90年代以降の世界は、大きな構造変化を遂げた。しかし、日本の産業構造は、この大変化にほとんど対応していない。そして、高度成長期から変わらぬ産業構造に固執している。

日本の産業構造や企業が変わらないのは、市場のシグナルが企業経営に対する強い圧力として機能しないからだ。

それを制度面で支えるのが、外に対して閉鎖的な企業構造、内部昇進者だけからなる経営陣、株式の持合いなどによる「資本の圧力の排除」である。それを思想面から支えるのが、今回はからずも北畑氏によって明言された革新官僚の思想である。

こうした制度と思想が支配的である限り、日本の産業構造が未来に向けて大きく変わることはありえないだろう。

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日本人の企業観の象徴「デイトレーダーはバカ」” への1件のコメント

  1. だから、株価の短期的な動きに反応し、そして売買益だけを目的に株を売買したとしても、企業の経営に悪影響を与えることにはならない。むしろ、そうした売買がなければ、長期的な状況の予測が企業経営に伝わらない。つまり、こうした取引は「会社のことを考えない取引」ではなく、結果的には「会社の長期的な状況も反映している取引」なのだ。

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