消費税の適正課税にインボイスが不可欠

消費税について、軽減税率や転嫁の議論が行われるようになった。これまで、政治的な駆け引きの道具に使われるだけで不毛な議論が多かったので、こうした実質的議論が行われるようになったことを歓迎したい。ただし、どちらの課題も、インボイスの導入なしには実現困難な課題である。

軽減税率について、「品目の選定が難しいから導入が困難」と言われることがある。そうした問題があることは否定できないが、軽減税率の対象となるのは生活必需品であり、価格によって需要はあまり変動しない。だから、これは本質的な問題ではない。

より重要な問題は、最終小売り段階の税率を軽減しても、インボイスなしでは、仕入れに含まれている付加価値税を完全に除去できないため、小売価格が軽減税率以上に上がってしまうことである。この問題についてはすでに述べたので、以下では転嫁の問題について述べよう。消費税率が引き上げられたとき、中間段階の零細業者が消費税を次段階に転嫁できないというのは、大いにあり得ることだ。私自身も、1997年の税率引き上げの際に、この問題に悩まされた。ある新聞社に寄稿していた連載の原稿料について、税率引き上げ分の支払いを求めたところ、拒否されたのである。

今回もおそらく同じ問題が生じるだろう。税率が引き上げられても手取り原稿料は変わらず、したがって税率引き上げで増加する消費税は、「零細中間業者」である私か負担することになりそうだ。

このことを数値例で説明しよう。私の原稿は100円の価値があり、新聞社はこれに900円の付加価値を付けて1000円で販売しているとしよう。これに10%の消費税がかかった場合、本来であれば、次のようになる。

新聞社は私に110円払い、読者に1100円で売る。新聞社の納税額は、読者から預かった100円から私への消費税支払い10円を差し引いた90円だ(これがちょうど付加価値の10%になっている)。私は、新聞社から預かった10円を税務署に納める。新聞社も私も消費税の納税は行うが、それを負担することはない。消費税の負担100円は、全額読者が負う。

ところが、私に対する支払いが100円のままの場合には、私は10円の消費税を私の負担で支払うことになる。新聞社は、読者から100円を預かって税務署には90円を支払うだけなので、10円の益税が発生する(経理上は、私への原稿料を90.9円に引き下げ、これに消費税9.09円を加えた100円を私に支払う形にする。ただし、原稿料の引き下げについて、私への通告はない)。

今回の消費税率引き上げに関しても、このようなケースが頻発すると考えられる。つまり、取引の中間段階で、零細企業など立場の弱い業者が消費税を負担し、大企業など立場の強い業者が益税を得るのである。

インボイスで中間段階の転嫁を確実にする

原稿料の場合には、一般の場合よりこうなりやすい。その理由は、寄稿者の多くが免税事業者であることだ。この人たちは税務署に消費税を支払う義務を負っていないので、新聞社からの払い込みが増えれば、それは自らの収入(益税)になる。このことを新聞社は知っているから、原稿料に消費税を上乗せするという意識が、そもそもないのだ(もっとも、経理上は前述のように処理しているはずである)。

この問題への対処法は、インボイスを発行する寄稿者に対してのみ、インボイス記載の消費税額を支払うことである。免税事業者はインボイスを発行することができないので、消費税分の支払いは必要ない。

そもそも、インボイスは、中間段階での転嫁を容易にするために考案された仕組みである。これがあって初めて消費税は合理的な税になったのだ。逆に言えば、インボイスがない日本では、零細業者が消費税を負担してしまう可能性はもともと高い。

インボイスはもう一つ重要な働きをする。上の数値例から明らかなように、原稿執筆者が免税事業者の場合、新聞社からの支払いが消費税分だけ増加すれば、益税が発生する。したがって、免税事業者になりたいという欲求が強まる。そこで、免税事業者の範囲を広げるような政治的な要求が発生する。それによって、税収が減る。

ところが、インボイスがある場合には、この関係は逆転するのである。今、同一の財またはサービスを同一の価格で販売する複数の売り手がいたとする。買い手の立場からすると、免税事業者から購入した場合には税額控除ができないため、納入すべき消費税額が多くなる。このため、課税事業者から購入することになる。

こうして免税事業者が取引から排除されるため、売り手としては、自ら望んで課税事業者になろうとするのである。こうして、「消費税の取りはぐれ」が少なくなる。

現在の日本の仕組みでは、業者の益税となってしまって税務署に納入されない消費税が、かなりの額になっていると考えられる。こうした「取りはぐれ」を減少させるのは、重要な課題だ。

日本では、「多段階売上税を何はともあれ導入する」ことが最優先され、インボイスの導入は後回しにされた。導入以来20年以上たったにもかかわらず、いまだに不完全な税制が続いているのである。

もちろん、インボイスを導入したからといって、必ず転嫁できるわけではない。前述の例で言えば、「消費税込みで従前と同じ支払いにする」(つまり、税引き後の原稿料は引き下げる)と新聞社が要求する可能性はないわけではない。これは違法でも何でもなく、取引における力関係によって決まることである。

ただし、この場合においても、インボイスがあれば、原稿執筆者の立場は強くなる。インボイスがない場合、何もアクションを取らなければ総額で従前と同じ支払いが続けられてしまうが、インボイスがある場合は、原稿料引き下げの通告が必要になるからだ。新聞社としては、それはやりにくいことだろう。

直接税と間接税の徴税を完全に分離する

上で述べたように、中間段階の業者は、消費税負担を回避するため、自ら進んでインボイスの発行を求めるはずだ。

しかし、実際には、インボイスに対する反対が強い。直接税(法人税や事業所得税)の徴税に利用されることを恐れるからだ。インボイスを発行すれば、売り上げは完全に税務署に把握されることになる。これまで直接税の申告において売り上げを過少申告していた業者には、都合が悪い。

これに対処するため、直接税と間接税の徴税を制度上完全に分離することが考えらえる。最低限、直接税の徴税において、インボイスを資料あるいは証拠として用いないことを税務当局が約束する。できれば、直接税徴税部門と間接税徴税部門間にチャイナウォールをつくり、情報の交換を遮断する。

こうした措置を講じたところで直接税の収入が減少するわけではないから、税務当局としても、これは受け入れられるはずだ(直接税の課税適正化は、インボイス以外の手段によって行うべきである)。

さらに進んで、法人税を外形標準課税に移行させることなどを検討すべきである。こうした税構造の改革が行われるなら、より望ましいことだ。

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