サブプライムローン問題の本質は格付けへの全面的な依存

サブプライムローン問題に関連して、「金融工学が悪用されてリスクが世界中にばらまかれた」「複雑な証券化が行なわれたので、リスクの所在がわからなくなった」「本来はゴミでしかないものの一部が切り分けられて高い格付けを取得し、投資家に販売された」等々の批判がなされている。以下では、こうした批判はかなり的外れなものであることを指摘する。問題の本質は、本来行なわれるべき「資産のプライシング」(価格付け)が行なわれず、それに似て非なる「格付け」に全面的に依存したことだ。

まず、サブプライムローンに関連して行なわれた証券化の手法は、格別新しいものではないことを説明しておこう。アメリカでは、住宅ローン(「モーゲッジローン」と呼ばれる)を多数まとめ、MBSと呼ばれる金融商品に証券化することがしばらく前から行なわれている。MBSの残高は、アメリカ債券市場で約4分の1を占めるまでになっている。住宅ローンの出し手からすれば資金調達とリスク移転の手段であり、投資家からすれば分散投資の手段として重要な役割を果たしてきた。

今回問題になったのは、「サブプライムローン」と呼ばれる比較的低所得の人に対する住宅ローンである。また、多数のMBSをまとめ、それをCDOと呼ばれる商品に再証券化することも行なわれた。その過程で、償還順位別にいくつかの部分(「トランシェ」と呼ばれる)に「切り分ける」ことも行なわれた。

ところで、「証券化」や「再証券化」自体は、古くから行なわれている。実際、「株式」は会社純資産を「証券化」したものであるし、投資信託は多数の株式をまとめて、「再証券化」したものである。償還順位に差をつけて「切り分ける」のも、それほど新しいものではない。実際、「劣後債」は社債の切り分けである。

企業の利益はさまざまの複雑な要因に影響されるから、株式のリスク評価は決して容易な課題ではない。これに対してMBSのリスクは、債務不履行や期限前償還に起因するものであり、把握しやすい。しかも、多数のローンをプールすると「大数の法則」が適用でき、統計的に容易に分析できるようになる。投資家の立場からの「リスクの評価」という点では、MBSのほうが株式より容易な面が多いのだ。

格付けだけでリスクの評価はできない

MBSやCDOが株式などと異なるのは、それらのすべてが市場で大量に取引されているわけではないので、客観的な価格が存在しない場合があるという点だ(特にCDOについてそれが言える)。株式でも未公開の株式は価格評価が難しいが、それと同じ問題を抱えているのである。

「プライシング」(価格付け)理論は、ファイナンス理論の中核である。しかし、「実務と関係がない机上の空論」と考えている人が多い。そして、実務では、証券化された金融商品の価値評価を、プライシング理論を活用して行なうのではなく、格付け機関による「格付け」に依存していた。いわば、評価を「他人任せ」にしていたわけである。そして、高い格付けを獲得した商品を「安全な投資対象」であるとして、投資していた。

ところが、昨年の夏頃、格付け機関がサブプライムローン関連の証券化商品の格付けを急激、かつ大幅に引下げた。このため、それらを保有していた投資主体(ファンドや銀行の子会社である投資会社など)は、保有資産の評価を引下げざるをえなくなった。さらに、保有資産の処分が困難になり、流動性の問題に直面した。

このため、格付け機関に対する批判が強まった。また、格付け機関と投資銀行との利益相反問題に関する議論も起こった。

しかし、私の考えでは、そもそも格付けはプライシングの代替物にはならないにもかかわらず、資産評価を全面的に格付けに頼ったことが問題だ。これについて説明しよう。

格付けは、延滞や債務不履行のリスクを評価したものだとされている。ところで、遅延または債務不履行の原因として、次の2つを区別する必要がある。第1は、所得低下、失業、病気など、個々の債務者の個別的事情だ。第2は、住宅価格や利子率など経済全体の要因である。ファイナンス理論では、前者に起因するものを「個別リスク」、後者によるものを「市場リスク」と呼んでいる。

個別リスクは、過去のデータなどから比較的容易に評価できる。また、分散投資(リスクのプーリング)によって低下させることができる。多数の住宅ローンを集めて証券化するのは、まさにこのためだ。

格付けの限界を認識する必要がある

これに対して、市場リスクは、すべての人に同じ影響を与えるので、分散投資では回避できない。

住宅ローンは、市場リスクをも抱えている。なかでもサブプライムローンの返済は、住宅価格の動向に強く影響される。なぜなら、「返済条件が厳しくなる前に住宅を売却して返済し、新たに住宅を購入して再び借入れをする」ということが行なわれていたからだ。住宅価格が上昇し続けるあいだは、こうした借り換えが成功する。しかし、価格上昇がストップすると、延滞や債務不履行が急増する。

ところで、格付けが市場リスクを適切に評価していたかといえば、きわめて疑問である。MBSのリスク評価の方法は、たとえば日本格付研究所が、「ストラクチャード・ファイナンス。格付け手法」としてホームページに公開している。

考慮されている要因のなかには、「地域経済の動向」のような市場リスクもある。しかし、どのような想定が置かれているのかは不明である。格付けに最も大きな影響を与えるのは、過去のデータから推定した、債務者年収に対する返済額の比率や担保掛目率と貸倒率・延滞率との関係であると考えられる。これらは、個別リスクであって、市場リスクではない。

実際、市場リスクを適切に評価していなかったからこそ、住宅価格動向が変化したときに格付けを大きく引下げざるをえなくなったのだ。

つまり、もともと格付けによっては、住宅ローン証券化商品のリスクを完全に評価することはできなかったのである。それにもかかわらず、投資家は格付けに頼った。ここに問題の本質があった。

今回の事件をきっかけとして、「格付けに問題があるらしい」と多くの人が気づいたようだ。しかし、どこに問題があるのかは、必ずしも明確に認識されていない。問題の本質は、「格付けは市場リスクを正しく評価していない。したがって、投資リスクの全側面を評価したものではない」という点である。

だから、サブプライム問題は、「ファイナンス理論や金融工学の利用によって引き起こされた問題」なのではない。むしろ逆であって、「本来であればファイナンス理論や金融工学を利用して投資対象のプライシングを行なうべきであったにもかかわらず、それをしなかった」ことが問題だったのだ。

この機会に、格付けの限界を明らかにする議論が行なわれるべきだろう。格付けは、国際決済銀行による新しい自己資本規制(「バーゼルII」)にも入っているため、リスク評価の手段として公的に認められかねない。したがって、この議論はきわめて重要である。

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