偽りの景気回復は経済改革を遅らせる

為替レートが円安に動き、株価が上昇している。

この原因として、欧州金融混乱の沈静化、日本銀行の追加緩和、アメリカの景気回復などが指摘される。これらはほぼ同時に起こったので、どれが原因かを見極めるのが難しい。どれもが影響していることも、もちろんあり得る。しかし、何が最大の原因だろうか?

これまで、「欧州ソブリン危機でリスクを回避したい資金が、日本国債やアメリカ国債に流れ込んでいた」と言われてきた。その流れが止まれば、円安になる。こうした影響は確かにあるだろう。

ただし、それだけなら、国内金利が上昇するはずだ。ところが、10年国債利回りは、若干上昇して1%を超えるようにはなったものの、さほど大きな変化ではない。だから、欧州危機沈静化だけでは、現在の状況を説明できない。

長期金利が上昇しないのは、日銀による金融緩和が長期間続くとの期待が形成されたからだろう。

日本の金利が国際的に見て低い状態が続くのであれば、投資資金は海外に流出する。こうしたメカニズムが働いている可能性は、否定できない。

しかし、円安への転換は、日銀の追加緩和発表(2月14日)より早く、2月の初めに生じている。これを考えると、これが最重要の要因とは言えない。

こうして見ると、最も大きな原因は、アメリカの景気回復に伴うアメリカの金利上昇期待だろう。FRB(米連邦準備制度理事会)が米景気の認識を引き上げたことで、これ以上の緩和策(QE3)はないとの見方が強まった。これに加えて日銀の緩和があるため、日米金利差の拡大が予想され、資金が日本からアメリカに流出し、その結果円が安くなったのだと考えることができる。

そして、円安によって輸出産業の売り上げと利益が回復するとの期待が生じ、株価が上昇したのだ。

日本の金利を低くしているもう一つの要因は、復興投資が増加しないことだ。

去年の今ごろ、私は、復興投資の増大によってクラウディングアウトが起こる可能性が高いと考えた。推定された損害額(16兆~25兆円程皮)に相当する投資が数年のうちになされれば、金利が上昇するはずだった。しかし、現実にはそうならなかった。復興の遅れは、極めて深刻である。

つまり、アメリカが回復する一方で、日本国内では投資需要も復興需要も増加しないのだ。内需が増加しないため、日本で金利が上がらず、円安になっているのである。そして円安が輸出を増加させると期待され、株価が上がるのだ。

つまり、株価を上げているのは、2003~07年ごろの外需依存経済成長が再来しないだろうかという期待だ。

輸出主導成長は再現しない

では、輸出主導成長は再現するだろうか? そのためには、いくつかの条件が満たされなければならない。

第1は、このまま円安が続くことだ。為替レートは、将来に対する予測だけで変化する場合もあるから、円安がしばらく続く可能性はある。しかし、ある程度の期間にわたって円安が継続するためには、円キャリー収引が起きる必要がある。

円キャリー取引が生じるためには、日米の金利差が必要だ。しかし、この点で、現在は04~07年ごろとはかなり違う状況にある。

07年の10年国債利回りの日米差は3~3.5%程度だった(アメリカが約5%、日本が約1.5~2%)。しかし、今は1%程度しかない(アメリカが約2%、日本が約1%)。これを考えると、04~07年のような円キャリー取引が生じるとは考えにくい。だから、1ドル120円台にもなった当時の円安は再現しないだろう。

そして、一方では、購買力というアンカーに引き戻そうとする力も働く。購買力平価を見る指標としてしばしば言及されるのは、英「エコノミスト」誌が作成する「ビッグマック指数」である。11年7月の指数は、1ドル77円程度だ。もちろん、ハンバーガーの価格だけで為替を判断することはできないが、一つの判断材料にはなるだろう。

輸出主導成長が実現するための第2の条件は、輸出が増加することである。これに関しても、03~07年ごろとは状況が大きく変わったことに注意が必要である。

アメリカの乗用車需要を拡大させたのは住宅価格バブルだったが、それが再現することはない。また、アメリカ、ドイツ、韓国の自動車メーカーとの競争も激化している。だから、アメリカに対する乗用車輸出がかつての水準に戻ることはないだろう。

製造業の他の分野を見ると、テレビをはじめとするエレクトロニクスは、壊滅状態である。唯一競争力があるのは機械などの資本財だが、規模が大きくない。

第3に、輸出は単に増加するだけでなく、貿易収支を黒字にするほどに増加しなければならない(そうでなければ、有効需要を増やすことにならない)。

しかし、これは大変難しい条件だ。なぜなら、火力発電の燃料輸入が増加しているからである。また、世界経済が回復すれば、原油価格が上がる可能性もある。これらは日本の輸入を増大させる。だから、輸出立国を再現するのは、極めて困難だ。

以上を要するに、日本経済の状況は、「アメリカが回復するから日本も」とはとうてい言えない状況なのである。

危機感の希薄化か改革を妨げる

株価について現在日本で期待されているのは、震災前の水準を取り戻せるか否かだ。しかし、英米の株価はすでにリーマンショック前の水準を取り戻した。世界の先進国での関心は、「経済危機前を取り戻せるか?」なのである。これは、日本で言えば、「日経平均1万5000~1万8000円を取り戻せるか?」に相当する。

その実現はかなり困難だろうが、仮にできたとしても、十分ではない。なぜなら、欧米諸国では経済危機前の07年ごろが株価の歴史的ピークだったのだが、日本の場合のピークは1990年ごろだからである。

だから、日本の場合には、本当は、80年代の水準が取り戻せなければならない。しかし、これは、大きな改革がなければ、とうてい実現できない。では、そうした改革が必要との認識があるだろうか?

2000年ごろには、「改革が必要」との問題意識があった。製造業の海外移転が進み、このままでは日本経済が持たないとの認識も生まれた。日本国内に問題があり、日本が世界に立ち遅れていることが、やっと意識され始めた。

ところが、04年ごろから円安・輸出主導成長が実現したため、楽観論が支配的になってしまった。

私は、重厚長大産業が復活するのを見て、大きな違和感を持った。しかし、輸出が増大して企業の利益が拡大してゆく中では、「産業構造の改革が必要だ」と主張しても、ほとんど説得力がなかった。

今にしてみれば、03~07年ごろの回復は、「偽りの回復」でしかなかったのだ。それに目が曇らされて、改革が中途半端になってしまったのだ。

ごく最近も、エレクトロニクス産業の惨状を見て、「このままでは駄目になる」と多くの人が考えるようになった。しかし、円安になって株価が上がると、危機感が薄れる可能性がある。私が危惧するのは、日本人の目が再び曇らされてしまうことだ。

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