巨額の財政赤字はなぜ問題なのか?

現在の国債発行が続くと、いずれ国内消化が不可能になると予想される。これについて、定量的に検討することとしよう。

2011年9月末の国債残高は、普通岡債が656兆円、財投債が113兆円だ(注1)。

国債の主な保有先は、金融機関だ。11年9月末の普通国債・財投債の保有残高は、金融機関全体で575兆円である。内訳は、銀行が87兆円、郵便貯金が150兆円、生命保険が125兆円だ。残りは、日本銀行と財政投融資資金だ。

どの金融機関も、預貯金は増えていないので、貸し付けを減少させることによって国債の保有を増やしている。1995年と10年を比較してみると、金融機関全体では、貸し付けの減少と国債の増加が、いずれもほぼ300兆円である(注2)。預金の増加は今後も望めないので、国債の消化は、今後もこのかたちで続けざるをえない。

金融機関の本来の役割は家計から預金を集めて企業に貸し付けることだが、それが国債保有機関と化してしまうのは、正常な姿とは思えない。銀行の資産中、現在は貸し出し465兆円に対して国債87兆円なので、国債は貸し出しの2割来満でしかない。しかし、国債を購入し続ければ、これがやがて同額になり、そして国債のほうが多い状態になる。単に預金を集めて国債を購入するだけなら、誰でもできることであり、銀行の存在意義は失われる。

より大きな問題は、日本経済全体にかかわることである。企業貸し出しが減るのは企業の資金需要がないからであり、それは企業の投資需要がないことの反映である。つまり、日本企業が不調であることが国債の消化を可能にしているのだ。こうした状態が続けば、生産能力はさらに減退するだろう。つまり、国債の国内消化が順調に進んでいるのは日本経済が衰退してゆくことを意味するわけであり、決して歓迎できる現象ではない。

(注1)かつては、郵便貯金や年金積立金は、資金運用部に預託されることとなっていた。01年度の制度改正で、財政投融資資金特別会計が財投債を発行し、郵便貯金や年金積立金が購入するかたちに変わった。資金循環統計において、郵便貯金は、06年度までは「預金取扱機関」のなかで「郵便貯金」として別掲されていたが、07年度以降は、「預金取扱機関」中の「銀行等」中の「中小企業金融機関等」で「ゆうちょ銀行」として含まれている。したがって、「金融機関」という場合には郵便貯金が含まれているし、「国内銀行」という場合には含まれていない。

(注2)国債の増加のなかには、運用部預託金という形態の預金が減って財投債の保有が増えた部分もある。

日本国債の国内消化はどこまで続くか?

日本国債についての「危機」とは、利払いや償還ができなくなるという「デフォルト」ではない。国内での消化が難しくなり、金利高騰等の経済的な問題が生じることだ。

右に述べた国内消化のメカニズムは、貸し付けがゼ口になれば終わりになってしまうので、永久に続くものではない。そこが国内消化の限度である。それがいつか到来することは問違いない。問題は、「その時点がいつか?」である。

それは、減らせる貸し付けの範囲と、縮減可能額による。10年皮末の貸し付けは、金融機関全体では1185兆円ある。このうち、預金取扱機関が641兆円(うち国内銀行が465兆円、中小企業金融機関等が109兆円)、保険・年金基金が56兆円(うち生保46兆円)、公的金融機関が290兆円、中央銀行が57兆円となっている。

これらのうち、国債の引き受けのために減らせる貸し付けは、どの程度あるだろうか?

それを正確に見積もるのは難しいが、まず、中央銀行貸し付けは除外してよいだろう。さらに、住宅貸し付け(金融機関全体で158兆円)や公的金融機関からの貸し出し(中小零細企業向けのものが多いと考えられる。302兆円)も除外して考えるべきだろう。

こうした状況を考慮すると、削減可能な額は500兆~600兆円程度ではないかと考えられる。

消費税増税が現在計画されているものだけで終われば、17年度以降の毎年度の新規国債発行額は50兆~60兆円になるので、10年程度で底を突くことになる。

なお、500兆円を超える貸し付け削減が実際にできるかどうかは、確実でない。したがって、以上で述べたのは、「ここまでは国内消化が可能」ということではなく、「これ以上は国内消化は困難」という意味に解されるべきものだ。

他方で、圧縮できる資産としては、貸し付け以外にもある(株式や社債など)。また、対外資産を取り崩して国債を購入すれば、対外純資産が負にならないという条件で、4年分程度の国債は消化できるだろう。

マクロ経済的には過剰消費が問題

以上で述べたのは、財政面からのアプローチである。これに加え、マクロ経済的な側面からの検討も必要だ。財政面からの考察だけでは、問題の本質を見失い、必要な対策を誤る危険がある。多額の国債発行が続く現在の状況は、マクロ経済的に見てどこが問題なのか?

それは、国の資源配分が、過剰消費と過少投資に偏っていることである。国民経済計算の計数で見ると、国内総生産に占める家計現実最終消費支出(家計最終消費支出に政府などからの現物社会移転を加えたもの)の比率は、80年度には61.7%であったが、10年度には70.8%にまで上昇した。他方で、総固定資本形成(住宅、企業設備、政府投資の合計)の対国内総生産比は、80年度の31.5%から10年度の20.1%にまで低下した。

09年度以降、総固定質本形成は固定資本減耗を下回っている。つまり、日本の資本ストックは減少している。こうした状況が続けば、将来の生産力は低下する。これがマクロ経済面から長期的に日本経済をとらえた場合の大きな問題だ。国債の国内消化が困難になれば、日銀引き受けか海外消化が不可避となり、インフレがもたらされる。それによって過剰消費が強制的に削減されるわけである。

以上のような偏った資源配分がもたらされる大きな原因が、財政構造にある。つまり、租税負担率が低く、また年金等の移転支出が多過ぎるのだ。これを是正するには、租税負担率を引き上げ、他方で移転支出を縮小する必要がある。それがひいては財政赤字の縮小になって表れるのである。

以上の議論は、次のような含意を持つ。第1に、財政赤字削減のために、公務員給与の削減や公共事業の削減が必要と言われる。これらは財政赤字削減には意味があるが、マクロ的な歪みを正すという観点からはあまり意味がない。問題は、公務員給与に代表される政府消費や、公共事業に代表される政府投資が多過ぎることにあるのではないからだ。これらの削減は、増税に当たって政府の姿勢を示すという精神訓話的意味はあるが、経済的にはあまり意味があることではない。

第2に、「消費税を増税すると消費が抑制されるので問題だ」との意見がある。しかし、日本が抱えている経済的問題は過剰消費にあるのだから、消費を抑制することは、長期的観点からすれば、望ましいことなのである。過剰消費のために投資が過少になり、それが将来の経済活助にマイナスの影響をもたらすことこそが問題なのだ。

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