ジレンマを抱える08年の金融政策

2008年が物価上昇の年になることは、ほぼ確実である。すでに07年10月の消費者物価は10カ月ぶりにプラスに転じ、前年同月比0.1%の上昇となっている。11月の上昇率は、さらに高まると見られている。

この背後には、まず原油高がある。07年初めに1バレル50ドル台だった原油価格は、一時は100ドル近くなった。これを反映して、ガソリン価格はレギュラー1リットルで150円となった。

さらに、穀物や資源・資材などの値上がりがある。これらの影響で、食品や公共料金など、生活に直接関連する品目の価格上昇がすでに生じており、今後も続くだろう。これ待て「物価の優等生」と言われてきた牛乳も、30年ぶりに値上げになる。

これは、金融政策の運営に当たって、大きな問題を提起する。これまでゼロに近い預金金利に対して大きな不満が出なかったのは、生活必需品の価格が安定または下落していたからだ。しかし、この条件が変われば、ゼロ金利に対する不満は高まるに違いない。

当然ながら無意味だった10年にも及ぶ金融緩和政策

これまで日本銀行は、「消費者物価が顕著にプラスに転じるまで金融緩和を継続する」としてきた。

これは「消費者物価がプラスに転じれば金融緩和を停止する」ということではないし、また生活必需品の値上がりが顕著になったとしても、電気製品を中心とする工業製品の値下がりや性能の向上は続くので、消費者物価全体としてはさしたる上昇にはならないかもしれない。

しかし、これまで金融緩和を正当化してきた条件が崩れるのは事実である。日銀が今後も金融緩和を継続するとすれば、その理由付けを説得的に示す必要に迫られるだろう。

また、金融政策と物価動向がいかに関連しているかのメカニズムについても、あらためて議論が生じるだろう。これまでの金融緩和は、はっきりとそう説明されていたわけではないが、次のような理解に基づいて行なわれていた。

すなわち、「デフレ」と呼ばれる現象が生じており、これが企業収益を圧迫し、経済活動を停滞させている。そこで、金融を緩和することにより、デフレ状態から脱却する。

これは、次の2点を前提とした考えだ。第1に、物価が下落を続けると、経済活動が活発化しない。第2に、物価動向は金融政策によって影響を受ける。つまり、物価下落の原因は不適切な金融政策であり、金融政策を適正化することにより、それから脱却できる。

しかし、現実に生じたことは、この理解とは異なるものであった。

すなわち、第1に、約10年の長期にわたって超金融緩和を継続したにもかかわらず(「量的緩和政策」の導入は01年3月だが、それ以前から金利は1%台になっている)、物価下落は継続した。つまり、金融緩和は物価下落を阻止することはできなかった。

第2に、原油価格の上昇など、日本の金融政策とはまったく無関係な要因によって生活必需品の価格が上昇し始めた。したがって、これまでの金融緩和は、物価動向に関する限り、無意味だったということになる。

事態がこのように推移したのは、じつは当然なのである。なぜなら、「デフレ」といわれた現象は、経済学の教科書にある「デフレ」(貨幣供給量が過少であるためにすべての物価が一様に下落する現象)ではなく、中国をはじめとする新興工業国からの安価な製品輸入が増加した結果だったからである。

事実、消費者物価の内訳を見ると、顕著に下落したのは工業製品である。サービス価格はさしたる下落は記録しておらず、むしろ上昇気味である。経済学的に言えば、変化したのは相対価格であって、絶対価格ではなかった。これは金融的な現象ではなく、実物的な現象だったのである。

したがって、これまでの超金融緩和政策は、物価動向に関する誤った理解のうえに立脚したものだったことになる。金融政策ではコントロールできない対象に対して金融政策を行なってきた。最近の物価動向は、このことを明確に示している。

また、企業業績との関係では、次のことが言える。第1に、仮に物価下落が経済停滞の原因なら、物価下落が続いているのに景気が回復するはずはない。しかし現実には、消費者物価の下落が継続しているにもかかわらず、景気が回復した。

第2に、物価の一様な下落が経済停滞の原因なら、すべての産業が一様な動きを見せるはずだ。しかし、回復した産業は、鉄鋼業に典型的に見られるように、世界的な素材価格の上昇によって製品価格が上昇した産業だ。その半面で、エレクトロニクスは製品価格の下落に直面して収益が思わしくない。また、ベンチャー企業はおしなべて不調だ。

この考察から得られる結論は、次のようなものだ。つまり、最近の景気回復は外的要因によるものであり、金融政策とは無関係に生じた。この意味でも、金融緩和は無意味なものだったのである。

円安誘導政策のシナリオにほころびが生じた07年

私の考えでは、これまでの超金融緩和政策の真の目的は、デフレ脱却というよりは、円安誘導であった。

まず、国内金利の低下は海外への投資を誘発するから、円安要因になる。さらに、ドル買い介入が行なわれたとき、それを非不胎化するために貨幣供給量の増加を放任する必要があり、したがって量的緩和政策が必要になる。

事実、過去10年以上の期間にわたり海外とのあいだで金利差があったにもかかわらず、為替レートは円高にならなかった。

これは、当初は政策的介入で円高が抑止されたためであり、ある時点以降は、将来が円高にならないことを見越して、円からドルなどの高金利通貨への運用がなされたためである(具体的な形態としては、海外のファンドによる円キャリー取引、日本国内の投資家による外貨預金、外貨投資信託、FX取引など)。

円安誘導政策の目的は、言うまでもなく輸出関連企業の利益増大である。「デフレ脱却のために金融緩和を行なう」というのは、単に正当化のための説明にすぎなかったのである。

この政策は、目論みどおりの成果を上げた。すなわち、本来は長期的に継続できないレベルの円安が継続し、それに支えられて輸出関連企業の業績が回復した。そして、株価も低迷状態から脱却することができた。他方において、物価下落は継続したので、ゼロに近い預金金利に対しても、不満はさほど高まらなかった。これが、ここ数年の日本経済の状況である。

07年は、このシナリオにほころびが生じた年であった。すなわち、第1に、アメリカにおけるサブプライムローン問題をきっかけとして円キャリー取引の巻き戻しが生じた(それは、金利差の縮小と、ファンドのリスク資産引き揚げによって生じた)。これが円高を引き起こし、日本の株価を下落させた。そして第2に、冒頭で述べたように、生活必需物資の値上がりが顕著になった。

第1の問題があるので、金利引き上げは難しいだろう。しかし、第2の問題があるので、ゼロに近い預金金利の継続は困難になる。08年の金融政策は、これら相反する2つの要請のなかで運営されなければならない。それは、きわめて厳しいものになるだろう。

[ad]

Comments

comments

Powered by Facebook Comments