日本を崩壊に導く法人事業税の改悪

2008年度税制改革の1つの焦点であった法人2税の問題が、実質的に決着した。

それによれば、法人事業税の半分程度(約2.6兆円)を「地方法人特別税」(国税)にする。課税対象企業や税率は、事業税と変えない。この税収を、人口や従業員数などに応じて自治体に再配分する。

なお、今回の決定では「新しい国税をつくる」とされているが、事業税を減らして同額の国税を新設し、しかも税の構造は変えないのだから、これは実質的には事業税配分の見直し以外の何物でもない。地方税の配分を国が調整するのでは形式的な問題があるため、「国税」としているにすぎない。

この問題が議論されてきた背景には、地方税における格差の拡大がある。まず、法人の事業所が地域的に偏在しているため、事業税収入には格差がある。実際、06年度の事業税収入5兆2331億円の撃ち、約4分の1は東京都の税収だった。また、地方交付税は、年々減っている(この3年間で約5兆円の減少)。このため、財政的に逼迫する地方公共団体が増えた。

いま1つの背景は、政治的な事情だ。07年7月の参院選において、自民党は一人区で大敗した。その原因として、都市と地方との「格差」の拡大が指摘された。このため、総選挙を意識せざるをえない与党は、できるだけ早く格差解消の具体策を示したかったのであろう。

しかし、今回決定された内容には、以下に述べるように多くの問題がある。08年度予算編成でバラまきが懸念されていたとはいえ、あまりにひどい内容だ。

「ふるさと納税」は茶番にすぎず、公共団体の税収に大きな影響を与えることはないだろうが、今回の措置の影響は大きい(東京都の場合、3000億円程度の減収になると予測されている)。ここでは、次の4つの問題を指摘したい。

国への安易な依存は地方自治の自殺行為

第1は、公共団体間の財源調整の仕組みとしてすでに存在する地方交付税との関係だ。なぜ現行交付税の配分基準を見直すことでは対処できないのか。これに加えて新しい税をつくる必然性は何なのか。こうした点について、納得できる説明がなされていない。

このような結果となった実際上の理由は、省庁間の利害であろう。すなわち、仮に交付税で調整しようとすると、その総額を増やすべきだとする要求が起こる。ところが、これは国の歳出を増やすことにとなるので、財務省が反対したのであろう。このような事情が、国税と地方税の違いをあいまいにする奇妙な妥協案を生んだとしか考えようがない。

第2に、これは地方自治の本旨に背くものだ。小泉純一郎内閣の「三位一体改革」は、具体的内容に問題があったとはいえ、「地方分権の推進」という方向自体は正しかった。

それに対して今回の施策は、各地方公共団体の独自の税収であるはずのものを、国が介入して配分し直そうというものだ(形式的に見ても、地方税を減らして国税を増やそうというものだ)。これは、地方分権とは正反対の方向である。

実質的に見ても、本来は地方公共団体の努力で対処すべき問題を、国に依存することで解決しようとしている。これは格差問題に対処する方法としてはまことに安易なものであり、「地方自治の自殺行為」と言わざるをえない。

戦前の日本は地方が財政的に独立しており、自主性が強かった。ところが1940年度の税制改革で所得税の強化と法人税の新設がなされ、それらを財源として地方税制調整交付金制度が作られた。これによって国税の一部を地方に交付し、地方団体間の財政力の調整を行なうこととした。

こうして、地方が国に依存する体制がつくられた。これは戦時経済の要請から行なわれた改革だが、それが現在まで続いているわけだ。地方が国に依存する傾向はむしろ強まっている。

第3に、新設される税は名目上は国税だが、実質的には地方税だ。ところで、地方税は、地方公共団体が提供する行政サービスの対価としての意味を持っている。つまり、「応益課税」が地方税の原則だ。

したがって、それを地域間で再販分するなどということは、本来はありえないのである。今回の措置は、応益原則に反するものであり、地方税の本質に背くものだ(これは、単に地方税の性格づけに関する形式論ではない。後で述べるようにモラルハザードを強めることとなり、現実に大きな問題を引き起こす)。

第4は、こうした施策が地方の発展に資するとは、とうてい思えないことである。それだけでなく、地方の発展を阻害する。これが最も重要なポイントだ。

事業税の税収で地方格差が発生した場合、本来行なわれるべきは、各地方公共団体が企業誘致の努力を行ない、それによって事業税の収入を増やすことだ。

ただし、製造業中心の経済では、工業誘致のために工業団地の造成など大規模なインフラ整備が必要とされた。これは、地方公共団体だけの努力では難しい場合が多かった。

しかし、IT時代には、こうした投資は必要ない。ソフトウエア産業の誘致に必要なのは、工業団地ではなく、良好な生活環境だ。だから、企業誘致の可能性は増大したはずだ。それだけでなく、地方の比較優位は増したはずなのである。

コスト回収できなければ企業立地は拒否される

通信コストが低下すれば、人びとが集まる必要はなくなるとも考えられるが、じつはそうではなく、集積の利益が存在する。

特に創造的な仕事の場合には、似た考えを持つ人びとの直接のコミュニケーションが重要な意味を持つ。アメリカ・カリフォルニア州のシリコンバレーにIT関連企業が集積したのが、その例だ。ここには、スタンフォード大学を核として意欲的なベンチャー企業が誕生し、それがIT革命を推し進めた。日本でも同じことが実現できるはずである。私は、地方都市の講演会ではいつもこう訴えるのだが、目立った反応がないのを残念に思っている。

他の地域で徴収した税を配分し直すだけでは、地方の発展はありえない。これは自明なことであろう。じつは、さらに悪い結果が予測される。なぜなら、企業誘致に努めている自治体の努力に水を差す結果になるからだ。これは、モラルハザードを引き起こす。

「モラルハザード」とは、「努力しなくとも成果が保証されるため、人びとが努力しなくなる」という現象だ。簡単に言えば、「まじめに働いたものがバカを見る」ということである。

これまで企業誘致に努力してきた地方公共団体は、今回の措置で「裏切られた」と感じているだろう。モラルハザードが蔓延して人びとがまじめな努力を放棄すれば、経済は崩壊する。

それだけではない。すでに述べた「地方税は行政サービスの対価」ということを考慮すると、問題はさらに広がる。

なぜなら、企業が立地する地方公共団体は、ゴミ処理、治安維持、消防などの行政サービスを増加せざるをえないが、コストを押し付けられるだけで、それに見合った収入を得られないこととなるからだ。

したがって、自治体は企業誘致の努力を放棄するだけでなく、企業の立地を拒否しようとするだろう。こうなれば事態はきわめて深刻である。日本は今、崩壊の危機に直面しているのだ。

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