豚が空を飛ぶ奇跡? アイルランドの復活

ヨーロッパ企融危機のニュースが、連日のように報道されている。では、ユーロ圏で、経済成長率が最も高い国と最も低い国はどこかをご存知だろうか?

多くの人は、「ドイツが最高で、ギリシヤが最低」と答えるだろう。2010年においては、概略そうだった(正確には1位スロベニア、2位フィンランド。ドイツが3位)。IMF(国際迦貨基金)の予測によると、11年も同じ傾向が続く。

ところが、12年の予測になると、大きな変化が生じるのである。実質GDP成長率で見て、アイルランドがドイツを抜くのだ(ドイツ1.3%に対し、アイルランド1.5%)。ドイツとアイルランドの成長率格差は以後増大し、16年における実質成長率は、ドイツ1.3%、アイルランド3.3%となる。

つまり、ドイツは今後「まあまあ」の成長を続けるだけだが、アイルランドは「大躍進を遂げる」と予測されているのだ。これは多くの人が意外に思うことだろう。

IMF予測と同様の傾向が、OECD(経済協力開発機構)の経済見通しにも見られる。11月28日に公表された11、12、13年の名目GDP仲び率予測は、ドイツが3.0%、0.6%、1.9%であるのに対して、アイルランドは、1.2%、1.0%、2.4%だ。11年はドイツのほうが高いが、12年からはアイルランドのほうが高くなる。

1人当たりGDPを見ると、もっと意外な数字が並んでいる。10年において、アイルランドの1人当たりGDPは、ドイツより15%高い。16年には18%高くなる。アイルランドは、ユーロ圏で最も豊かな国の一員なのだ(10年にはルクセンブルク、オランダに次いで3位、16年には、ルクセンブルク、フィンランド、オーストリアに次いで4位)。

多くの人は、これとはまったく逆のイメージを持っている。すなわち、「ユーロ安に助けられてドイツの輸出が伸び、ドイツ経済は好調。そして、ユーロ圏の問題岡を救済するために獅子奮迅の活躍中。その半而でアイルランドでは、住宅バプルが川壊して金融危機が発生。経済は破綻寸前」というイメージだ。

90年代アイルランドの躍進と不動産バブル崩壊による挫折

この連載で何度か述べたように、1990年代にアイルランドは奇跡的な経済成長を遂げた。マイクロソフトをはじめとするアメリカのIT関連企業が、アイルランドをヨーロッパでの拠点としたためだ。それまでヨーロッパで最も賞しい国とされていたアイルランドは、21世紀の初めには、1人当たりGDPで世界のトップクラスに入った。

ところが、若年層が多くまた束欧などから移民が流入したため、住宅需要が急増し、不動産バブルが発生した。92年から06年までに、住宅価格は3.5倍近くに上昇した。

しかし、リーマンショックでバプルが崩壊して、不動産価格は暴落し、住宅着工件数は06年のピークの9分の1にまで減少した。このため、銀行の不良債権が急増し、破綻の危機に瀕した。特に、大手銀行の1つであるアングロ・アイリッシュ銀行は、無謀な開発案件を多数手がけたため、深い傷を負った。

アイルランド政府は、同行を09年1月に国有化し、229億ユーロという巨額の資金を注入した。アイルランドの同年のGDPは1606億ユーロなので、これは、GDPの約14%に当たる。このため、財政赤字が拡大し、アイルランド国債の利回りが急上昇した。

10年11月、EUとIMFが850億ユーロ程度を支援することとなり、ECB(欧州中央銀行)の負担は軽減された。H年初めのアイルランド10年債の利回りは9%を超え、ドイツ国債とのスプレッドは6ポイント近くになった。経済成長率も0.2%しか見込まれず、悲観的な見通しが多かった。

かつて「ケルトの虎」と言われたアイルランドは、「豚=PIGS(ポルトガル、アイルランド、ギリシヤ、スペイン)」の一員に成り下がったと言われた。

ただし、注意すべきは、これが古典的な住宅バブルであることだ。つまり、問題は銀行の不動産不艮債権であり、実体経済ではない。奇跡的経済成長を実現したIT産業と製薬産業は健在だ。これらは、高付加価値で国際競争刀を持った最先端産業である。

そして、ユーロ下落と賃金下落で、国際競争力が上がりた。さらに、アイルランドは、きわめて厳しい緊縮財政を行った。個人所得税が増税され、財政支出が削減された。社会福祉予算は3分の1削られた。公務員の給与を7%程度カットし、公共部門の新規採用も凍結した。

曰本がアイルランドから学ぶべきことはたくさんある

一般に、問題があればニュースで報道されるが、「問題がない」ことはニュースにならない。しかし、「ニュIスになっていない」ことのほうが重要な場合も多い。

昨年の秋には、アイルランドに関する記事はかなり多かったが、最近では、アイルランドはニュースに登場しなくなってしまった。事態は沈静化したのだろう。重要なのは、なぜ沈静化できたかである。「ヨ

1ロッパの金融危機」で、大変だ大変だ」と騒ぐのもいいのだが、ここでは、報道されないことの中から日本が何を学べるかを考えることにしよう。

アイルランドの不動産バブル崩壊は、90年代における日本のバブル崩壊と本質的には同じ現象なのだが、違うところも多いのである。そして、その違いから日本は多くを学べるのだ。

第1は、不良債権処理のスピードだ。09年初めの段階で銀行を国有化したのは、驚くべき速さである。このために財政赤字が急増したのである。日本が長期にわたって問題を放置したのとは大違いだ(日本の不動産バブル崩壊は91年から始まったが、日本長期信用銀行の一時国有化は98年。オリンパスの損失隠しは、今に至るまで最終的な処理をしていない企業があることを示した)。

第2は、果敢な財政緊縮化を行ったことだ。完全に破綻した財政を抱えながら、なにもできないで立ち往生している現在の日本とは、雲泥の差だ。しかも、アイルランドの財政亦字拡大は、1回限りのものである。それに対して、日本の財政赤字拡大は社会保障費の増大が原因であり、継続する。しかも、今後ますます悪化する。だから、日本のほうが遥かに深刻な問題を抱えていることになる。

そして第3は、先端産業の存在だ。これこそが最大の違いである。日本の製造業は、高度成長期の姿から変わっていない。そして、新興国との値下げ競争で体力を消耗し続けている。

PIGSまたはPIIGSという言葉が、08年頃からしばしば使われた。この「I」がイタリアなのかアイルランドのことなのか、議論があったのだが、いつの間にか、「I」はイタリアで固定してしまったようだ。

10年7月5日の「Newsweek」(オンライン版)の記事「現実派アイルランドは復活できる」は、まだ赤字処理の見通しがつかなかった頃の記事だが、「アイルランドは、いまだ泥まみれの豚仲間を尻目に、汚い小屋から抜け出そうとしている」とした。その後の推移を見ると、豚小屋を出ただけでない。「元ケルトの虎」は、ヨーロッパで最も健全な経済とされているドイツを抜き、さらに飛ぼうとしているのだ。

この記事は、次の言葉で締め括っている。

「どうやら世界には、飛べる豚もいるらしい」

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