サブプライム損失より深刻な日本の対外資産

サブプライムローン関連金融商品の破綻によって、金融機関に巨額の損失が発生している。損失額は、シティグループで2兆円程度に達する可能性があると言われている。9月のIMFの報告書は、「金融機関の損失は1700億~2000億ドル(18.7兆~22兆円)程度」としている。

ところで、これと同規模の(考えようによってはこれを上回る)損失が、日本で発生しているのだ。それは、ドル安に伴うドル建て資産の減価である。

円ドルレートは、今年6月22日の123.9円から11月26日の107.3円まで、約15%ドル安に動いた。したがって、この間にドル建て資産は約15%減価したことになる。

日本の対外資産の大部分は、ドル建て資産だ。だから、日本の対外資産の価値が大幅に失われたことになる。対外資産の総額は約500兆円であるから、その15%といえば、75兆円になる。

もちろん、円に換金しなければ、この損失は含み損のままとどまる。また、購入時との比較で価値が低下したかどうかは、購入時の円ドルレートに依存する。購入時点によっては、現在でも含み益になっている場合があるだろう。

ただし、損失の発生が明白なものがある。それは、今年の10月末で9544億ドル(約105兆円)という規模の外貨準備だ。このほとんどがTB(アメリカ財務省証券)だと考えられている。つまりドル建て資産だ。そして、大規模介入が行なわれて外貨準備が積み上がったのは2003年から04年の春にかけてであり、当時の為替レートは120円程度であった。

だから、現在では、総額の1割強の含み損が生じているはずである。

政府の無謀な資産運用に付き合わされた全国民

105兆円の1割といえば、約10兆円になる。これは、消費税の年間の税収額にほぼ匹敵する額だ。国民1人当たりでいえば、約8万円だ。5人家族の場合には、40万円になる。

これだけの額が、為替レートの変動によって失われたわけである。右で「サブプライムローンかんれんと同規模の損失」と言ったのは、この意味である。

しかも、ドル安はこれで終了したというわけではない。今後ドルがさらに減価し、日本の外貨準備の価値がさらに減少する可能性は、決して否定できない。

「外貨準備は収益を目的とするものではないから、安全に運用することが重要」と説明されてきた。確かに、その通りである。しかし、ドル建て資産に著しく偏る運用をしてきたという意味で、安全とはほど遠いものだったのである。株式ではなくTBに運用してきたことをもって「安全」と考えていたのであれば、驚くべき無知と言わざるをえない。

もちろん、為替レートの将来を予測することはできない。だから、分散投資するしか方法はないのである。ドル資産一辺倒の運用は、投資の基本原則を無視するものであった。

また、「政治的な観点からドルを支える必要があり、そのためにドルに運用せざるをえないのだ」と言われることもある。しかし、これは政治と経済を混同した考えだ。政治的にアメリカとの連携を密にする必要はあるかもしれないが、投資の基本原則を無視してドル資産を購入する必要は、まったくない。

先般施行された金融商品取引法では、リスクがある金融商品の販売において、リスクの説明が十分になされなければならないこととされた。外貨投信などを販売する際は、為替リスクが伴うことをくどいほど説明しなければ、説明責任を果たしたとは見なされない。ところが、政府自身が、為替リスクをまったく無視した無謀な資産運用をしているわけだ。

外貨預金や外貨投信は、為替リスクを回避したければ購入しなければよい。こうした資産運用をするかどうかは、個人が判断して決められることだ。これ以外にも高い為替リスクの金融商品はある(このところ話題を集めている「FX取引」がその典型例だ)が、リスクを避けたければ、こうした投機的取引には手を出さなければよい。

このような投資をした人は、自ら望んで為替リスクを負ったわけだから、円高によって元本が減少したとしても、「自業自得」と言えないこともない。

しかし、外貨準備はそうではない。それは国民の財産であり、間接的なかたちではあるが、国民1人ひとりが保有しているものだ。それにもかかわらず、その積み上げも、通貨の選定も、国民にはなんの相談もされずになされた。つまり、すべての日本人が、無謀で合理性を欠く資産運用に無理やり付き合わされたのだ。

今後スタグフレーションに苦しむのは日本?

ところで、8月と11月の円高は、サブプライムローン問題に端を発するものとはいえ、その基本的要因は、1990年代以降の日本の歪んだマクロ経済政策に内在していたと考えることができる。その理由は、次のとおりだ。

超金融緩和で日本の利子率はゼロに近い水準に落ち込んだため、欧米諸国とのあいだで3~4%程度の金利差が状態となった。本来この状態は、円高が進行することによって調整されるはずである。しかし、為替介入がなされ、円高が阻止された。

外国より金利が低く、しかも為替レートが円高に動かないので、ヘッジなしの外貨運用が利益を生む状態が出現した。このため、まず海外のファンドが「円キャリー取引」を拡大させた。最近では、日本国内の個人投資家も、外貨預金、外貨投信を増やしている。さらに、投機性の高いFX取引をサラリーマンや主婦までが行なうようになった。

そうした状況下で、欧米投資家のリスク投資が減少するか、金利が引き下げられて日本との金利差が縮小すると、こうした国際資本の流れが逆転する。それは円買い、ドル売りの取引になるために、円高になるのである。

このような不安定な状況から脱却するには、日本の金融政策を正常化することが不可欠だ。

金融正常化は、別の面からも要請される。それは、原油価格の高騰や原材料価格の上昇によって、生活に密接する財やサービスの価格上昇が顕著になっているからだ。この状態は来年にはさらに進み、家計を圧迫するような事態になる可能性もある。すると、超金利政策を正当化するのは、難しくなるだろう。

しかし、他方において、金融正常化はきわめて困難な課題でもある。なぜなら、金融正常化をすれば海外との金利差が縮小するが、それは円キャリー取引の巻き戻しをもたらし、円高になって株価が下落するからだ。

1つの政策手段だけで複数の政策目的を追求するのは、もともと無理なことだ。日本の金融政策は、深刻なジレンマに直面していることになる。

仮に金融緩和が継続されると、円高のリスクが常につきまとうことになる。それは、経済活動を沈滞させるだろう。そうなれば、物価は上昇するが経済活動は沈滞するという状態に陥りかねない。

70年代から80年代にかけて、先進国にスタグフレーションという病的な状況が発生した。この病にとりわけ苦しんだのはアメリカとイギリスだった。しかし、これからの世界でスタグフレーションに苦しむのは、日本ということになるのかもしれない。

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