日本の成長モデルを全体として入れ替える

1990年代後半以降の日本経済の基本モデルは、輸出立国だった。さまざまな経済政策が、この目標のために動員された。とりわけ重要なのは、製造業の輸出競争力を高めるために、金融緩和と円安政策が行われたことだ。

これによって、2003年頃からの外需依存経済成長が実現した。しかし、これは持続可能なものではなかった。経済危機によって、このモデルは破綻したのである。

09年の後半以降輸出が回復したため、外需依存モデルの復活を期待する向きが多くなった。しかし、東日本大震災後の貿易収支は赤字になった。6、7月には黒字に転じたが、黒字額は震災前より大幅に縮小した。8月には、再び大幅な赤字となった。貿易収支が悪化した原因は、震災直後は国内生産の減少による輸出の落ち込みだが、8月の赤字は、発電用燃料の輸入増加の影響が大きい。では、日本は今後、どのような経済モデルを目指すべきか。

「輸出立国モデルを継続すべし」という意見が依然として多い。そのために、円高を阻止すべきだとされる。しかし、これは可能なのだろうか?

結論から言えば、輸出立国モデルの継続は困難である。理由は二つある。

第1は、為替レートだ。経済危機以降、顕著な円高が進行し、日本の輸出の価格競争力は低下した。そして、今後さらに円高が進むことはあっても、07年頃までのような円安に戻ることはありえない。なぜなら、07年までの円安は、大規模な介入と、それが引き起こした円キャリー取引によってもたらされたものだったからである。こうしたメカニズムを再現することは不可能である。実際、震災後だけを取ってみても、すでに2回の介入が行われたが、円高傾向を阻止することはできなかった。そして、実質レートで見れば、現在の状況は円高とは言えず、過去の水今に比べれば、まだかなりの円安である。

第2は、原子力発電への依存を引き下げざるをえないため、火力シフトが不可避であることだ。このため、発電用燃料の輸入が増大して、貿易赤字を拡大する。それだけでなく、電力価格が上昇する。これは、電力多使用産業である製造業が国内生産から得られる利益を減少させる。

したがって、貿易収支が経済危機前のような巨額の黒字になることはありえない。輸出立国モデルは、もはや再現できないのである。

製造業を日本に残しても雇用問題は解決できない

こうした条件変化を背景として、すでに製造業の海外移転が、きわめて顕着に進展している。しかし、「これは望ましくなく、阻止すべきものだ」とする意見が強い。

では、海外移転を阻止できるだろうか?

円高や電力問題が一時的なものではなく、構造的なものであることを考えれば、阻止は不可能と考えざるをえない。これは、経済条件の変化に対応した企業の合理的な行動である。

為替レートについては、すでに述べた。電力については、停止中原発を再稼働できても、震災前の電力政策の基本であった原子力発電の比重増加を今後続けるのは不可能だ。したがって、火力発電の比重は上がらざるをえず、製造業のコスト増は避けられない。

もちろん、海外移転は国内雇用に深刻な悪影響を及ぼす。しかし、それを阻止できない以上、国内立地のために補助金を出しても、雇用問題の解決にはならない。これは、効果を期待しての政策ではなく、「傍観しているわけでなく、努力はしている」という言い訳だけのための政策だとしか考えられない。

しかも、仮に海外移転を阻止できたとしても、それによって国内雇州が確保できる保証はない。実際、輸出依存経済成長のさなかにも、製造業の雇用は減少を続けたのである。製造業の就業者数(季節調整値)は、02年1月の1215万人から、08年1月の1143万人まで継続的に減少した(その後も減少は続いており、11年1月には1029万人となっている)。この期間は製造業が輸出ブームにわいた期間であり、海外移転も停滞した時期である。外需依存経済成長は、輸出産業の利益を増大させたものの、国内の雇用を増加させる効果は持たなかった。

円高阻止・海外移転阻止が言われるのは、じつは、雇用を心配するからではなく、現状を維持したいからだ。変革や改革は摩擦を伴う。だから、「これまでの基本モデルをなんとかして継続したい」と考えられているのである。

部分の修復ではなく全体の転換が必要

あるモデルが機能しなくなった場合、一定の段階を過ぎると、部分を修復したり入れ替えたりするだけでは、問題を解決できなくなる。むしろ、問題がますます悪化する。90年代後半以降の日本経済が衰退したのは、全体的モデルの切り替えを行わず、部分の修復で問題を解決しようとしたからだ。

だから、モデルを全体として転換させることが必要である。全体を入れ替えれば、オセロゲームのような反転現象が起こる。従来のモデルを崩壊させる原因になっていたことが、新しいモデルにおいては、モデルを支え、それを発展させるために必要な要素になる。後述のように、為替レートについては、それが顕著なかたちで表れるはずである。

では、今後の成長モデルとして、何を目指すべきか? 結論を言えば、脱工業化を実現し、生産性の高いサービス業を産業の中心に据えることが必要だ。じつは、アメリカにおいても、80年代の末には、「経済を維持するためには製造業を衰退させてはならない」とする議論が強かった。サービス産業だけでアメリカのような規模の経済を支えるのは不可能と考えられたのである。

しかし、実際には、90年代に生産性の高い新しい夕イプのサービス産業が成長し、製造業が放出する以上の雇用を創出したのである。具体的には、先端的金融業務、IT関連のソフトウェア、ビジネスコンサルティングなどの分野である。日本を、原理的にはこれと同じモデルを追求しうる。

もちろん、その実現は簡単なことではない。最大の問題は、専門的技能を持つ人材だ。こうした産業でなにより必要なのは人材だが、残念なことに、これまでの日本の高等教育は、こうした分野での人材育成を怠ってきた。したがって、即戦力を求めるとすれば、外国人に頼らざるをえない。

「外国人に国内雇用市場を開放すれば、日本人の雇州はますます悪化する」と考えられることが多い。しかし、そうした考えは誤りだ。一定の大きさのパイを外国人と日本人で取り合うのではなく、全体のパイを大きくすることこそ必要なのである。

じつは、これに関しても、90年代のアメリカが参考になる。シリコンバレーでIT革命を実現したのは、中国人やインド人だった。それによってIT産業が成長し、全体としての就業機会が拡大した。日本でもそれと同じモデルを追求することが可能である。

ここで重要なのは、日本企業は円建てで給与を決められるから、円高が進むほど外国から有能な人材を集めやすくなることだ。円高は、日本で生産した製品を海外に売る際には障害になるが、外国人を日本が使うにはが強い追い風になる。先に「オセロゲームのような反転現象が起こる」と言ったのは、このことだ。

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