TPPは製造業に深刻な悪影響を与える

野田内閣が取り組むべき政策課題として、TPPへの参加が挙げられることが多い。以下では、TPP推進論が多くの誤解に基づくものであり、実際の効果は一般に期待されているのとは異なることを指摘したい。

最大の誤解は、TPPやFTAが貿易自由化のための協定と考えられていることだ。そして、貿易自由化は、日本国内の農業にとっては打撃だが、その他の産業、特に製造業にとっては必要なので、これを推し進めるべきだとされる。しかし、TPPやFTAは、貿易白由化協定ではない。むしろ逆に、貿易阻害協定だ。

これらは、経済学で「関税同盟」と呼ばれる経済協定である。加盟国間では関税率を引き下げるが、非加盟国とのあいだでは元のままだ。後者を見れば、「排他協定」である。

経済学で行われてきた議論は、「加盟国間の関税引き下げに伴うプラス効果と、非加盟国を排斥するマイナスの効果を比較勘案すべきだ」というものである。

加盟国間の貿易は促進され、これは加盟国の経済にプラスの影響を与える。しかし、非加盟国との貿易は、加盟国との相対的な関係で言えば、前より不利になる。このことは、マイナスの効果を持つのである。

相手国を差別することなしに貿易自由化を進めるなら、それは日本にプラスの影響を与える。しかし、特定の国だけを対象として部分的な自由化を進めると、事態がかえって悪化することがありうるのだ。

たとえば、日本とタイとのFTAを考えよう。FTAがなければベトナムに工場を建設するはずだった企柔は、日本からの部品輸入に対する関税がFTAによつて引き下げられるために工場をベトナムでなく、タイに建設するだろう。当初の計画はさまざまな条件を勘案した合理的なものだったはずだから、FTAがそれを「歪めてしまう」ことになる。それによるコストが、タイとの貿易増加に伴うプラスの効果より大きいこともありうるのだ。

関税率が高い状態に比べれば、加盟国間だけでも引き下げることは一歩前進だと、常識的には考えられるだろう。「しかし、それによって現状より悪くなる可能性もある」というのが、「セカンドベストの理論」が教えるところだ。

対米輸出がTPPで増えることはない

以上は一般的な議論だが、今考えられているTPPは、さらにいくつかの問題を持っている。

これに参加することで日本が得られる利益は、どんなものか?

まず考えられるのは、アメリカ、オーストラリアからの農産物の輸入が増大することだ。これは一般にはTPPの問題点だとされているが、それは国内農業の保護の観点からの評価だ。日本国民の立場からすれば、安い農産物が得られることの利益は大変大きい。

ただし、これを実現するのに、TPPを締結する必要はない。日本が一方的に農産物関税を引き下げればよいのである。

工業製岫の面から見ると、TPPが効果を持ちうるのは、貿易量の人きさからして、アメリカとの貿易だ。では、TPPを締結してアメリカが輸入関税を引き下げれば、アメリカに対する日本の輸出は増加するか?

そうはならないだろう。なぜなら、工業製品に対するアメリカの輸入関税は、すでにかなり低いからだ。日本からの最大の輸出品目である自動車について見ると、完成車の輸入関税率は、2.5%である(これは、EUが10%であることと比べると、かなり低い)。仮にこれがゼロになったところで、日本からアメリカへの自動車輸出が増えることはないだろう。

経済危機後、日本のアメリカに対する輸出は著しく減少したが、それはアメリカ国内での自動車動入が減退したことと、円高が進行したことによる。それらに比べれば、輸入関税の問題は微々たるものでしかない。

これまで日本が締結したFTAは、シンガポールやタイなどアジア諸国とのものである。その目的は、現地に進出した日本メーカーが日本から輸入する部品の関税を下げることだ。

では、今回のTPPは、そうした効果を持つだろうか?

部品など中間財の日本からアメリカへの輸出が促進されて、アメリカへの工場進出が増えることになるだろうか?

最近の海外投資の実績を見ても明らかなとおり、日本の製造業か立地したいと思っているのは、アジア諸国だ。仮にアメリカへの工場進出が増えたとしても、すでに述べた理由で、それはマイナスの効果を持つだろう。

日本の最大の輸出先国は、いまや中国である。TPPへの参加は、アメリカとの比較において、中国との貿易が相対的に不利になることを意味するのだ。最大輸出先国との貿易が阻害されるのは、日本にとって明らかに損失だ。

中国のリアクションを考慮に入れるべきだ

以上は経済的な議論だが、TPPは政治的にも大問題を引き起こす危険がある。

なぜなら、協定から排除された国のリアクションが考えられるからだ。こうした反応は、現実世界では十分ありうる。実際、今回の日本のTPP加盟も、韓国がEUとFTAを結んだことに対する日本のリアクションと考えられなくはない。

TPPは中国を経済的に排斥するものだが、政治的な面からも、中国敵視政策と見なされるだろう。

実際これは、アメリカの対中戦略の一環であると考えられる。環太平洋地域において中国を中心とする経済圏が成立してアメリカが除外される事態を防止するため、中国を除外するメンバーで経済圏を形成し、中国の拡大をチェックしようというものだ。

今のところ、日本のTPP加盟に対する中国からのリアクションはないが、それは日本の意図がまだはっきりしないからだろう。

私は、政治的・軍事的な側面でアメリカとの友好関係を維持することが日本にとってきわめて重要だと考えるか、経済的な側面で中国敵視政策に加担するのは、きわめて危険なことだと考えている。

日本がTPPを締結すれば、中国が対抗手段を取ることは、十分考えられる。たとえば、中国がEUとのTPPを締結すればどうなるか? 中国に対する日本の輸出は機械などの中間財が中心だが、この分野での最強の競争相手は、EU、特にドイツである。2007年頃まではユーロ高のためにあまり意識されなかったが、経済危機後はドイツの中国への輸出は顕著に増加している。

フォルクスワーゲンはすでに自動車の生産と販売で中国のトップだが、高速鉄道でもドイツが進出している。仮に中国がEUとのFTAを締結すれば、中国に対する中間財の供給はドイツに独占され、日本はきわめて深刻な打撃を受けるだろう。これは、製造業の立場から見ても、大変大きな問題だ。

そうした展開が予想されるにもかかわらず、TPPの促進が叫ばれるのはなぜなのか、私にはまったく理解できない。

アメリカの製造業の比重はすでに低く、工業製品の輸出国とは言えない状態なので、中国に対する輸出の問題をさほど気にする必要はない。TPPに参加する他の諸国にしても同じことだ。日本だけが、対中国輸出に関して重大な利害関係を持っている。われわれは、そのことの意味を十分に考えなければならない。

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