新内閣の緊急課題は復興と社会保障改革

野田佳彦氏が新首相に就任した。新内閣がまず取り組むべき課題は、予算の編成である。来年度予算の編成作業を進行させ、復興のための第3次補正予算を早急に成立させる必要がある。

本来なら、もう来年度予算概算要求の締め切りになっているはずだ。また、復興のための補正予算はすでに成立していなければならない。しかし、政治的混乱のため、これらが手つかずで放置されてしまっている。

ねじれ国会下での予算編成は、困難を伴う。2011年度予算もそうだったが、来年度予算はさらに大きな困難に直面するだろう。それを回避するため、大連立の可能性が考えられている。しかし、これは、民主主義の否定としか思えない。

民主党は政権交代を旗印に衆議院選挙に大勝して政椛を取った。しかし、参議院選挙で大敗して国会運営ができなくなった。だから連立だというのだ。

だが、ねじれ状態は、二院制ではもともと想定されていることである。交渉を重ねて事態を打開するしかない。どうしてもできないなら、選挙を行うしかない。あるいは、そもそもの政治制度として、参議院を廃止し、一院制にすべきである。

二院制を取っているのは、特定の政治勢力が、誤った方向に社会を導く恐れがあるからだ。だから、チェック・アンド・バランスが必要なのである。もともと民主主義とはそうしたものだ。効率性だけを追求したいのなら、民主主義はやめて独裁にしたほうがよい。

大連立とは、ある種の独裁だ。それにもかかわらず、国会を乗り切りたい民主党と、ポストを得たい自民党の利害が一致するため、実現の可能性があるから恐ろしい。これは、日本の民主政治制度の基本の否定である。本来から言えば、自民党としても受け入れられるはずがないことだ。

復興財源の方向づけが間違っている

復興予算については、これまで第1次、第2次補正予算が編成されたが、いずれも、本格的な復興のための予算措置を伴うものではない。したがって、第3次補正予算の編成が緊急の課題だ。それにもかかわらず、財源をどうするかが、いまだにはっきりしない。復興予算の進捗がこんなに遅くなるとは、震災直後には想像もできなかった。本来なら復興投資が増加し、金利が上昇し始めていてしかるべき時期である。

大連立は民主主義の否定だと述べたが、復興の緊急性は、それを正当化するだろうか?

私はそうは思わない。なぜなら、これまで考えられている財源の方向性は間違っているからだ。大連立を行えば、形式的には事態は進むだろうが、間違った方向に進む可能性が強い。そもそも、後興財源については、いくつもの基本的な認識の誤りがある。復興会議の提言は「次世代に負担を転嫁してはならない」としたが、住宅も工場も社会資本も、次世代がその便益にあずかるのだから、負担の一部は次世代も負うべきである。社会保障などの経常的経費の場合には「負担を次世代に転嫁しない」ことが重要だが、復興経費は、それとは経済的性質が違う。

ただし、それを行う手段は内国債ではない。内国依では負担を次世代に送ることができない。この点については、きわめて広範な誤解がある。負担を次世代に送る手段は、外国債を発行するか、対外資産を取り崩すことだ。多額の対外資産を保有する日本としては、対外資産の活用が最も合理的な方法だ。これは本欄ですでに述べたことだが、重要なので繰り返しておこう。

以上を考庫すると、復興会議の「基幹税の臨時増税」という方向づけは、基本的に誤っている。

社会保障とマニフェストをどうする

来年度予算に関しての第一の論点は、マニフェストをどうするかである。これについては、3党合意で見直しが決められているが、代表選挙では異論があった。だから、どう決着するかは、まだわからない。

もともと、マニフェストは政策とは言えない。財源を無視して思いつきだけを並べたものだ。高速道路無料化は、なんの効果をなく、混乱だけをもたらした。農家戸別所得補償は、農業の生産性をさらに低下させる。社会保障で今後多額の支出が予想されることを考えれば、こんなムダなことに巨額の予算を使う余裕など、もともとない。「予算を見直せば財源は出てくる」という認識は、まったく誤っていた。

そもそも、民主党は何を実現したい政治勢力なのかが、まったく判然としない。脱官僚主導、政治主導と言ったところで、何をやりたいのかがはっきりしなければ無意味だ。マニフェストの取り扱いが党内抗争と絡んでしまうのでは、責任ある政党とは言えない。

来年度予算に関してのいま一つの課題は、税と社会保障の基本的見直しだ。日本国債の格付けは引き下げられたが、これは、「税と社会保障の一体改革」が閣議決定さえできなかった状況を踏まえれば、当然のことである。社会保障とその負担に関してあまりに無責任であったのは、民主党だけではない。自民党を、長らくこの問題を放置してきた。そして、民主党に至っては、基礎年金の国庫負担に必要な財源を埋蔵金で賄い、さらにそれを第1次補正予算で復興財源に回し、いまだに財政手当てを行っていない。

社会保障については、支給開始年齢の大幅引き上げなど、年金制度の抜本的見直しが不可欠である。今のままでは、厚生年金の積立金は2030年頃に枯渇する。これは大問題だが、かなり先のことなので、切迫感が持たれない。危機をあおっても逆効果だが、はっきり言えばもう手遅れなのである。

巨額の国債発行にしても、今すぐ消化が行き詰まったり、償還利払いができなくなったりすることはない。だから、放置される。危機が差し迫っていないからこそ、政治的な対処が困難なのだ。

復興の必要性は誰にも明らかだ。マニフェストが廃止すべきものであることも、おおかたの人の目には明らかだ。しかし、社会保障や財政赤字の問題は、間違って認識されている。

ガンが発見されたり外傷を負ったりすれば、人びとはあわてて措置するだろう。しかし、高血圧や肥満などの生活習慣病の場合には、差し迫った危機感を持ちにくい。今日の食事や運動量が決定的な意味を持つわけではないからだ。だから、「今日は特別」ということになりやすい。しかし、それが生活習慣になって、いつになっても直せないのだ。そして、直せないでいるうちに、状況は取り返しのつかないところまで悪化する。日本の財政問題とは、まさにそうしたものなのである。

新しい施策を行うなら、施策について考える必要がある。しかし、財政については、行わなければならないことが山積みだ。復興を行うこと、そのための適切な財源を決めること。高齢者の増加による社会保障の増加に対して適切な措置をすること、その財源を確保することである。

菅直人前首相は、昨年6月の所信表明演説の中で、「第3の道」と言った(1年少々前のことなのに、多くの人は忘れてしまったが)。残念ながら、日本の現状は、ビジョンを描けば解決される状態ではない。だから、空虚な言葉を振り回すのではなく、また無意味な委員会を乱立させるのでもなぐ、地味で困難な課題に取り組むことが必要だ。

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