円高と円安の利益を冷静に見極める必要

為替レートの問題を考える際、名目レートだけを見るのではなく、物価上昇率の差を調整した実質レートを見るべきだと、前回述べた。なぜなら、貿易に影響を与えるのは、名目レートではなく実質レートだからである。

前回は、「ビッグマック指数」を用いて、現在の実際の為替レートが格別円高とは言えないと述べた。実質レートとしてより厳密なものは、日本銀行が計算している「実質実効為替レート」である。これは、さまざまな国とのあいたの実質為替レートを、貿易額で加重平均したものだ。

これによると、2011年7月の指数は101.47である(実質実効為替レートは、指数が大きいほど円高)。07年頃の指数は80程度だったので、その頃に比べると円鳥が進んだのは事実だ。しかし、それ以前を見ると、1993年頃から04年頃まで、若干の例外を除くほとんどの期間において、現在より円高である。

つまり、05年頃から07年頃の期間だけが、異常な円安だったのだ。それが経済危機後、やっと是正され始めているだけのことである。是正は始まったばかりで、長期的なトレントから言えば、まだかなりの円安だ。

たとえば、2000年の指数は127程度だった。ここまで戻るだけでも、名目レートが現在よりさらに3割程度円高になる必要がある。95年4月の指数は151・11たった。ここまで戻るには、現状より5割程度円高になる必要がある.このように、現在は「超」円高といった事態にはほど遠い。この事実が、正確に認識されなければならない。

現在は、「経済実態とかけ離れた円高」だと言う人が多い。では、「経済実態」とはいったい何か? 日本経済に元気がなく、貿易思字も縮小したことか? しかし、巨額の資本移動がある現在の世界では、こうした原囚で為替レートは動かない(ただし、後に述べるように、いつの日か急激な円安に襲われる可能性は否定できない)。

前回述べたように、為替レートは、他国との物価上昇率の差と金利差で決まる。人びとは、「金利が低い国の通貨は持ちたくない」と考えるのではなく、「将来円高になるはずだから」と考えて円を買うのである。

野田住彦財務大臣(当時)は、8月22日、「必要とあれば断固たる措置を取る」と言った。本気で言っているのか? あるいは、なにもしないと批判されるのでポーズで言っているのか?

本気だとしたら、恐ろしいことだ。なぜなら、円高は外敵の襲来や災害ではないからだ。それによって人びとが受ける影響はさまざまだが、以下で述べるように、大震災後の復興のためには、円高が重要な役割を果たすのである。

もちろん、円高が問題を引き起こさないわけではない。円高が進むために製造業の海外移転が促進され、国内雇用は減る。それこそが問題であり、それに正面から対処することが必要なのだ。それをせずに、成算はないのに「円高阻止のため断固たる措置を取る」と言うだけでは、責任回避にすぎない。

海外から資源を安く買えることは復興に不可欠

為替レートの評価は、立場によって異なる。輸出産業にとっては、円高は望ましくない。

しかし、雲災後の日本では、円高が重要な意味を持っているのである。円高で外国から資源を安く買えるのはもともと重要なことだが、今は電力制約を中心とする供給制約があるし、ドル表示の資源価格が上昇しているので、とりわけ重要だ。これに対して「断固たる措置が必要」とは、まったくおかしい。

火力発電へのシフトで、原油やLNGの輸入量は増加せざるをえない。鉱物性燃料の輸入額は、今年度は20兆円となるだろう。2割円高になれば、購入代金は4兆円ほど安くなる。これは巨大なメリットだ。国民1人当たりで3万円、5人家族なら15万円だ(輸人全体を考えれば、2割の円高で年間13兆円程度の利益が生じる)。

石油ショックのときも、円高によって日本は救われた。これによって、ドル表示で高騰した原油価格の影響が国内では緩和された。ポンドが下落したイギリスが破滅寸前まで追いつめられたのと対照的だ。鉱物性燃料を購入せざるをえないという点で、今の日本は石油ショック後の日本と非常に似た立場にある。

なお、このときの円高は、それまで固定為替レートで実勢以上に円安に抑えられていたのが、変動為替制への移行で自由になったために生じた。現在の円高は、07年頃まで円キャリー取引で引き起こされた円安の是正過程だ。「それまでの異常な円安が是正されつつある」という意味においても、現在と石油ショック時は似ている。

労働者は円安から利益を受けなかった

会社に勤めている人は、「円安で会社の利益が増えるのはいいことだ」と漠然と思っているだろう。特に、輸出産業の人はそうだ。しかし、円安で会社の利益が増えても、それが従業貝に配分される保証はない。

実際、07年までの円安で生じたメリットは、労働者に配分されなかった。

このとき、円安による価格競争力の向上で輸出が増加し、鉱工業生産指数は増加した。それに伴って、企業の利益が増加した。製造業の経常利益は2000年の16兆円から07年の24兆円にまで増加した。全産業の経常利益も、2000年の36兆円から07年の53兆円まで増えた(ただし、09年には製造業は9兆円に、全産業は32兆円に落ち込んだ)。

ところが、製造業の常用雇用指数は、2000年の112.9から09年の101.3まで下落した。製造業の給与指数は、同期間中に(途中で若干増加することはあったが)96.4から92.9に下落した(全産業では、103.9から94.8に)。

つまり、円安のメリットは、企業利益の増加と株価の上昇、そして配当の増加という段階で止まってしまい、雇用の増加も賃金の上昇ももたらさなかったのである。

高度成長期に企業の成長が労働者を豊かにしたのとは違う。だから、多くの国民からすれば、円高のほうがよかった。

もちろん、円高の利益もすべてが国民に還元されるわけでなく、輸入業者の手元で止まってしまうことがある。円かユーロに対して強くなったにもかかわらず、ヨーロッパからの輸入車の国内価格がそれに見合って低下していないのは、その典型だ。

しかし、先に述べた発電用燃料の場合には、電気料金計算式における「燃料費調整」によって、円高の利益は自動的に利用者に還元され、電力会社の手元には残らない。今後の日本を考えるとき、真に恐ろしいのは、国内でインフレが生じ、ある日突然急激な円安が生じてしまうことだ。つまり、石油ショック後のイギリスと同じような事態に落ち込んでしまうことである。そうなったとしても、原油やLNGの輸入を減らすわけにはいかない。

しかも、国内のインフレに応じた円安は、実質為替レートを円安にするわけではないので、輸出を増やすことにもならない。日本はひたすら滅亡への道を転げ落ちるだけだ。

こうした事態がすぐに起きるわけではない。しかし、将来のいつかそうした事態に陥る可能性は、決して否定できない。それが現実にならないことを祈るばかりである。

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