為替レートに関する考えを変えるべき時

世界の金触市場が混乱している。それと同時に円高も進行している。

為替介入が行われたが、効果はない。大震災直後の2011年3月18日に介入が行われたが、今、為替レートは介入前の水準に戻りつつある。そして、今回は介人の効果が1週間も継続しなかった。効果がないのは、現状が特に円高とは言えないからだ。「超」円高とはとても言えない。経済危機前の異常な円安が、正常な姿に戻りつつあるだけのことだ。このように考える理由を述べよう。

貿易に影響を与えるのは、名目レートではなく、各国の物価上昇率の差を考慮に入れた実質レートだ。

これを具体的に示すために、しばしば「ビッグマック指数」が用いられる。これは、世界各都面でのビッグマックの価桁が等しくなるような為替レートだ。

7月28日に英「エコノミスト」誌が公表した結果で見ると、11年7月のビッグマック指数による円ドルレートは1ドル=78.7円であり、7月25日の現実のレート78.4円とほとんど差がない。

ニューヨークのビッグマックは、アメリカの消費者物価上昇率とほぼ同じ率で上昇する。しかし、日本では、全体の物価が落ち着いているので、ビッグマックの値段も上がらない。したがって、日米のビッグマックが同じ価格になるために、名日の円ドルレートは、日米間物価上昇率の差に等しい率で円高になっていかなければならない。これが、「購買力平価説」と言われる考えだ。

右で紹介したビッグマック指数は、現実の為替市場でもほぼ購買力平価どおりのことが起きていることを示しているのである。

ところで、名日金利は、実質金利に物価上井率を加えたものだ。日米の実質金利が同じであれば、アメリカの名目金利は、日本のそれに比べて日米間物価上昇率の差だけ高くなる。したがって、円ドルレートは、日米金利差に等しい率で円高になっていかなければならない。つまり、名目金利差を狙ってドルで運用しても、その後の円高によって為替差損が発生し、金利差分を打ち消してしまうのである。これが、「金利平価説」と呼ばれる考えだ。

円高が進むのは、「リスクがある新興国の通貨から、安全資産である円に投機資金が流入するからだ」といった類いの解説がよく新聞紙上などで見られる。そうしたことも否定できないが、継続的な円高は、物価上昇率の差や金利差がもたらす必然の結果なのだ。したがって、今後も年率2~3%での円高が継統するだろう。

円高は日本にとって国難なのか?

円高が進むために日本経済が破滅するように考えている人が日本には多い。しかし、言うまでもないことだが、世界は日本の輸出産業を痛めつけるために陰謀を巡らせて円高にしているわけではない。

上で述べたように、円高は、為替市場が日米間の物価上昇率の差や金利差に反応して、健全に機能していることの証拠だ。経済危機前の数年間は、円キャリー取引という投機的取引のために、市場が正常に機能していなかったのである。

もちろん、為替レートの変動によってどのような影響を受けるかは、立場によって違う。為替に限らず、どんな市場価格でも、変動すれば、損する人と得する人が出る。為替レートの変化による影響も、立場で違う。すべての日本人が同じような影響を受けることなどありえない。

ここで、簡単化のため、輸出、輸入とも数量は所与であり、価格はドル表示で国際市場で決まっているものとしよう。この場合、円安になるほど、円表示の輸出額は増える。その利益が賃金と利潤にどのように配分されるにせよ、輸出に関連する人びとにとって望ましいことは明らかだ。他方で、円安になるほど円表示の輸入額も増える。だから、その負担を輸入業者と国内購入者がどのように配分するにせよ、輸入関係の不利益になることは事実だ。

貿易収支が黒字である場合には輸出額が輸人額より多いので、日本全体としては円安を利益と考える人のほうが多くなる。経済危機前には、貿易黒字はGDPの1%を超える水準だった。したがって、政治経済学的に言って輸出産業の立場が優先されてもやむをえなかった。しかし、貿易収支がほぼバランスしている現状では、円安が日本のためになるとは言えない。「円高がせっかく回復しつつある日本経済の芽を摘んでしまう」などということはない。国民経済的に言えば、円高が国民に利益を与える場合が多いのである。

明白な例は、発電用燃料だ。輸入量は今後間違いなく増加する。円安になれば、燃料価格が上昇する。それは決して無視できない影響を日本経済に与えるだろう。「円高がよいか円安がよいかは、立場によって違う」のは、これまでもそうだった。ただし、貿易黒字が縮小したのは最近のことだ。この点で、われわれは意識を変えなければならない。

それにもかかわらず、現在でも円高が国難のように言われるのは、円高の利益がはっきり見えるかたちで表れないこと、そして、円安を望む産業が政治的に強いことによる。

新しい活動の可能性は存在する

円高によって、製造業の海外移転はさらに加速される。それによって国内の雇用が失われる。これへの対処は、緊急の課題だ。

雇用調整助成金のような対症療法ではなく、積極的に雇用を創出する必要がある。それは、円高によって影響されない、生産性の高い事業でなければならない。これは、日本の産業構造を大改革することを意味する。

こう言えば、「そんな産業があるはずはない」という反応が返ってくるかもしれない。

しかし、そうした産業は現実に存在する。問題は、日本の企業がそのようなビジネス展開をできないだけのことだ。

たとえば、新しいITの事業だ。グラウトコンピューティングは、さまざまな可能性を開きつつある。これを提供する企業や、それを利用して新しい事業を展開する企業が、無限の可能性を見出しつつある。

グラウトを利用する「スマートフォン」という新しいタイプの情報機器を作り出したアップルの利益は、この数年間、毎年ほぼ倍増している。そして、時価総額でアメリカ第2位の企業となった。

こうした事業は、金融危機によってもあまり大きな影響を受けなかった。アメリカの国債が格下げされたところで、大きな影響は受けない。今回の金融混乱によってもあまり影響されないだろう。

為替レートの変化にも、日本の製造業と同じような影響を受けることはない。事実、アップルは、中国で生産してアメリカで売る。だから、ドルが強くなるほうが有利だ。アメリカには、このような産業が作在することこそ重要なのだ。

こうした事業の展開は、もちろん間単な課題ではない。しかし、「そうした可能性が存在する」という点が重要なのである。問題は、そうした事業への転換をいかにして実現するかなのである。

「限度を超えた円高が続くから、政府はなんとかしてほしい」という考えを日本企業が持ち続ける限り、決して新しい可能性は開けない。「円高は必然なので、それに対応できる事業が必要」という発想に転換する必要がある。

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