「改革フィーバー」の正体は何だったのか

「改革!」という叫び声が至るところに溢れ、日本中が「改革フィーバー」に包まれた総選挙から1年がたった。新しい政権が誕生しようとする今、昨年の総選挙の結果を再点検することは不可欠の作業だ。

あの「改革フィーバー」の正体は、はたして何だったのか。それは、宣伝されたとおりの改革効果をもたらしたのか?

総選挙の唯一の争点は、郵政事業の民営化であった。小泉純一郎首相が主張したのは、これが改革の最も重要なポイントになるということであった。

それは、資金の流れを官から民へと変えることによって、日本経済を活性化するとされた。

私はこれに対して、次の諸点を指摘した(「週刊ダイヤモンド」2005年9月3、10、17日号の本欄。『日本経済は本当に復活したのか』ダイヤモンド社、06年に収録)。

(1)郵便貯金の資金運用預託義務は、すでに01年度に廃止されているので、郵政事業民営化したところで資金の流れが変わることはない。公的金融を縮小したいのであれば、財投債を見直す必要がある。

(2)20年前であれば、郵政事業の民営化は意味のある政策だった。しかし、現在の日本における資金循環構造を考えると、最重要の課題は、政府の資金不足のファイナンスだ。この資金不足は社会保障関係費など義務的経費の増大によって生じているので、資金供給を絞ることによっては縮小できない。

(3)したがって、巨額の国債発行の受け皿を確保することが不可欠である。郵便貯金資金の運用対象は、引き続き国債の保有であるべきだ。郵便貯金の民営化は、国債市場を混乱させる危険がある。

では、その後の推移はどうか。民営化後の事業計画に関しては、郵政民営化を準備する日本郵政が、今年の7月にグループの経営計画を発表した。

そこで明らかにされた戦略は、積極的拡大路線だ。住宅ローンをはじめとして、クレジットカード、中小企業向け融資、信託、医療保険などの保険商品開発などに進出する計画が明らかにされている。

民営化された郵貯は民業を圧迫する

郵政事業は、かたちのうえでは民営化されたとはいえ、その実体は官業である。第一に、官業時代の巨額の資産を受け継いでいる。「ゆうちょ銀行」の資産は国内最大の三菱東京UFJ銀行を上回り、「かんぽ生命保険」の資産は日本生命保険を上回る。第二に、民営化後も数年は政府が大株主としてとどまる。

このように、民営化された郵政事業は、巨額の試算と政府の信用を背景に事業を行なうわけだ。それが拡大経営路線を採れば、もたらされるものは、巨大な官業事業体による民業圧迫以外の何ものでもない。

つまり、郵政事業を民営化することによって、経済が活性化するのではなく、逆に民間経済活動が圧迫されることになるわけだ。直接の競合関係に立つ地方銀行からは、すでに強い警戒感が表明されている。

郵便貯金の是非が論議されたとき、多くの人が考えたのは、国営の金融事業が存在することの問題点であろう。そうであれば、必要なのは郵貯を縮小することだった。巨額の資産を与えて民営化させ、行動の自由を認めれば、こうした事態になることは当然のことだ。日本の金融は、非常に大きな攪乱要因を抱えたことになる。

資金の流れについてはどうだろうか。06年度においては、景気回復によって税収が増加したため、新規国債の発行額は30兆円未満に抑えられている。だから、官の資金需要が資金市場を圧迫するという現象は、これまでよりはむしろ緩和されているわけだ。

しかし、これは一時的・短期的な現象にすぎない。国が膨大な残高の債務を抱え、それが将来拡大してゆくという基本的傾向に関しては、なんの変化も生じていない。したがって、日本の資金循環構造における最重要課題が、引き続き政府赤字のファイナンスであることに、変化はない。

当面は、国債発行額が減少したこともあって、国債市場に混乱は見られない。しかし、いくつかの懸念すべき傾向が見られることも事実である。私が気になるのは、個人向け国債の売れ行きが異常に好調であることだ。

ペイオフの全面解禁に伴い、絶対的な信用力を持つ国債が、安全な資産運用先として多くの人々に選好されていることは間違いない。しかし、それだけではなく、条件がよいことも、好調な売れ行きの大きな理由だ。郵便局の窓口で数時間で売り切れたこともあるという事実は、民間の金融商品に比べて条件が「よすぎる」ことを物語っている。

こうした発行がなされている理由として、ゼロ金利解除に伴う金利高予測が挙げられるだろう。しかしそれだけでなく、郵貯民営化の影響も無視できない。

総選挙が産み落とした統御不可能なモンスター

これまでは、家計が郵便貯金をし、郵便貯金資金が国債を保有することによって、間接的な国債の個人消化が図られてきた。しかし、このルートは今後なくなる(少なくとも縮小する)。だから財務省としては、直接に個人に消化させるルートを拡大したいのであろう。これはごく当然のことだ。

それに、現在の日本の国債の個人保有比率は、諸外国に比べて低い。だから、原理的に考えれば、これを引き上げる余地があることも事実である。定期預金などより流動性があるわけだから、このような安全資産が供給されることは、個人の立場から見れば歓迎すべきことだ。

しかし、問題は、個人消化の促進が、市場原理を無視して行なわれている可能性があることだ。民間企業は、資金コストを上回る収益の得られる対象だけに投資する。そして、そのような投資対象がある場合に限って資金を調達する。しかし、国には「資金コスト」の概念がない。

国は、利払い総額のかたちでしか、資金コストを意識しないのである。今年度は、新規国債の発行額が減少したから、限界的に見れば、金利を高く設定しても利払い総額は増えない。したがって、条件設定が緩くなっていることは、十分に考えられる。

資産運用者の立場からすれば、有利な金融資産が供給されるのは歓迎すべきことだ。しかし、言うまでもなく、国債の利払いは将来の国民の負担になる。

それに、資金コストを意識しない金融商品が供給されることは、民間金融商品に対する圧迫要因ともなる。したがって、資金の流れを「官から民へ」と変えるのでなく、逆に、官への資金供給を増やすことになる。つまり、この意味においても、郵貯民営化が民業を圧迫している可能性があるわけだ。

さらに、ゆうちょ銀行は、新規事業に進出する財源を確保するために保有国債を売却する可能性がある。そうなれば、国債市場は軟化する。銀行保有国債の価格は下落し、それは、新たな不良債権問題を発生させることになりかねない。

郵政事業民営化は、自民党内部の政争から行なわれたものだ。しかし、国民経済的な観点からすれば、これによって深刻な問題を抱えてしまった可能性が高い。

1年前の総選挙は、「改革!」というフィーバーのなかで、統御不可能なモンスターを誕生させてしまったのだ。

 

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