「バラまき政策」で経済は活性化しない

先の参議院選挙で、民主党は「古い自民党の手法」を踏襲して、農村に補助金を約束した。その結果、1人区では、民主党が圧勝して自民党が惨敗した。過疎地域では、「公共事業を誘致して地域活性化を」と訴えた候補者に票が集まった。日本国民は、バラまき政策を選択したことになる。

先日公表された都道府県地価調査では、東京、大阪、名古屋の商業地が上昇した半面で、地方都市商業地の下落は続いている。地価下落が激しい地点と参議院選挙の1人区とは、見事に一致している。「格差」のかなりの部分が地域格差であることは、間違いない事実だ。以上のような状況の下で、「地方に財政資金をバラまけ」という声は、今後ますます強まるだろう。

いや、そうした声は、すでに明確になっていると言うべきかもしれない。公明党は、2011年度までに国・地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を目指す政府目標の先送りを求めた。これは「バラまき予算のため」と勘繰られても当然である。

民主党は、参院選で公約した農家への個別所得保障制度を具体化するため、秋の臨時国会に関連法案を提出する。来年度予算で1兆円規模の関連予算を求め、政府が応じなければ予算案修正を要求する。自民党としても、参院選の結果を考えれば、農村対策の強化を図りたいだろう。

福田康夫総理大臣は、道路特定財源見直しに慎重な姿勢を示した。道路予算は、バラまき公共事業の象徴的な存在なので、この姿勢は、バラまき予算の復活を予告するものと解釈せざるをえない。こうして、道路族が息を吹き返すだろう。また、06年6月の医療制度改革関連法で決まった高齢者医療費の自己負担増は、凍結することとされている。

解散・総選挙が取り沙汰されるなかで、福田内閣は選挙管理内閣的な性格を持っている。その内閣が策定する来年度予算は、選挙を強く意識してバラまき的な色彩を強めざるをえない。

公共事業という“注射”はやめれば元の木阿弥

ところで、地方経済を疲弊させた元凶は、近年における公共事業関連費の削減であると一般に言われている。確かに、国の一般会計予算における公共事業関係費は、02年のピーク以降、連続して減少してきた。

しかし、より長期的に見れば、02年までの公共事業の増加こそが問題だったのである。特に橋本龍太郎内閣(1996~98年)と小渕恵三内閣(98~2000年)は、バブル崩壊後、景気刺激を目的として財政支出を増大してきた。

その結果、財政赤字が大幅に拡大した。そして、バラまきの継続は財源面から不可能となった。

高度成長期のように経済全体のパイが急拡大している状況下では、財政によるバラまきもできる。しかし、経済全体に成長力がなくなれば、それはできなくなる。バラまきを続ける経済的な余裕は、すでに日本から失われているのである。

小泉純一郎内閣はこの状況に対応せざるをえなくなり、公共事業の削減を行なったのである。

これは「構造改革」と言われることが多い。しかし、最近の公共事業の水準は、長期的な趨勢に比べれば、格別低いものではない。02年までの異常な財政運営が、元に戻っただけのことだ(なお、一般会計予算のなかでの公共事業関連費のウエイトは低下しているが、それは、社会保障関係費と国債費が増えているからである。だから、公共事業関係費以外の歳出も減少している。)

GDPに対する一般政府財政固定資本形成の比率を見ても、同様の傾向が確かめられる。この数字は、60年代には4%台だったが、93年からほぼ継続的に6%台になった。それが5%台に低下したのは、97年のことだ。04年からは3%台に低下しているが、50年代にも、この程度の水準だった。

バラまき財政が問題なのは、財源制約でその実行が難しくなったからだけではない。より本質的な理由は、その地方だけを考えたとしても、それが本当の経済活性化策ではないことである。だから、「公共事業を注入し続けなければ地方が疲弊してしまう」というのでは、困るのである。

公共事業が雇用促進効果を持つといっても、それはカンフル注射のようなものだ。それによって地方の経済力が強化されるわけではない。だから、注射をやめれば元の木阿弥になる。

実際、90年代後半の公共事業増加で、地方の至るところに、クルマがめったに通らない立派な道路ができた。また、市役所庁舎、公民館、文化センターなどの立派な建物ができた。しかし、その周辺の市街地は、さびれたままだ。

また、バラまきは、再配分であり移転にすぎない。ほかの地域で納められた税金を当該地域に持ってくるだけのことだ。それはゼロサムゲームであり、経済全体にプラスの効果をもたらすわけではない。

地方の衰退は必然ではない
やる気の阻害こそが主因

さらに、バラまきは、人びとのやる気を失わせる。農業が保護された結果、兼業の米国農家だけが増加してしまったことは、その典型的な例だ。駅前商店街がシャッター通りになってしまったのも同じだ。そうなったのは、大規模小売店舗法(旧大店法)などの規制によって駅前商店街が保護されたからだ。

「ではどうしたらよいのか」と問われるかもしれない。「企業誘致をしようにも、企業が来ない」と言われるだろう。そのとおりだ。それは高度成長期の発想だ。今は、これまで国内にあった生産拠点が海外移転する時代なのである。

しかし、地方の衰退は、決して必然ではない。情報技術の面から見れば、むしろ逆である。集中の有利さが減少し、分散の有利性が上昇しているのだ。

インターネット時代になって、少なくとも情報のやり取りに関する限り、距離の制約はなくなった。だから、地球上、どこでも同じ条件で仕事ができるようになった。アメリカの企業のコールセンターが、数万キロメートルも離れたインドに立地しているのは、そうした状況を印象的に示すものだ。アメリカの普通の家庭の子が、インターネットを通じてインド人家庭教師に個人指導を受けている。

北の端から南の端まで2000キロメートル程度しかない日本列島のなかで、東京からの距離を問題にすること自体が、そもそもおかしいのである。東京から離れているから衰退するというのは、必然ではなく、やる気のなさの証拠でしかない。

可能なことは、山ほどある。たとえば、リゾート地に税理士村、会計士村、弁護士村をつくることができるだろう。東京の夏は年々暑くなっているので、こうした人たちが快適に仕事できる環境をつくれば、地域は活性化する。

また、団塊世代の引退後生活のために地方都市に新しいコミュニティをつくってもよいし、介護施設をつくってもよい。工場や公共事業が来なければ地域が衰退するという発想からは、脱却しなければならない。

このような発想をせずにこれまでの経済活動にしがみつき、他地域の税収をなんとか自分たちの地域に持ってこようとする。その半面で、よそ者を受け入れようとせず、閉鎖的な態度を取る。こうしたことが続けば、地方が活性化されるはずはない。そして、日本全体で見れば、グーグルやアップルに代表されるアメリカの新しい経済活動との差は開くばかりだ。

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