貿易赤字は継続する 輸出立国時代は終焉

貿易収支は4月に赤字となり、5月上旬には赤字額が拡大した。今後、LNGなど発電用燃料の輸入が増えるので、赤字が継続する可能性が高い。貿易赤字の定着は、日本の経済構造が大きく変化したことを示している。

ただし、これが構造変化であることは、必ずしも広く認識されていない。多くの人は、次のように考えている。「赤字は一時的なもので、生産能力が回復すれば黒字になるだろう。そもそも、ただ1回の震災によって、日本経済の構造が根本から変わることなどありえない。東日本大震災が阪神・淡路大震災より規模が大きかったのは事実だが、質的に違うことが起きるはずがない」。

しかし、そうではないのである。なぜなら、貿易赤字が定着する原因は、電力面の事情だからだ。貿易収支が今赤字である原因は生産設備の損壊だが、これは比較的短期間のうちに克服されるだろう。それ以降も赤字が続くのは、電力について量的制約が続き、コストが上昇するからだ。

そして、このような制約が生じる基本的な理由は、原子力発電に依存できないことである。実際、現在停止中の原子力発電をすべて再稼働できれば、電力の量的制約は、あまり深刻な問題とはならない。電力供給に不確実性が残るのは、原子力発電に対する不安が強まったために、それらの再稼働が確実ではないからだ(中国電力は5月31日、建設中の島根原発3号機について、来年3月の予定だった営業運転開始を延期すると発表した)。発電コストの上昇も、原子力から火力へのシフトによって引き起こされる。つまり、原子力発電に制約がかかったことが、貿易赤字定着の本質的な原因なのである。

言い換えれば、これまで日本で電力について問題が起きなかったのは、原子力に依存できたからである。原子力に依存できなかったとすれば、電力の量的確保は難しく、また、発電コストも高かったのだと考えることができる。

原子力発電は人間が完全には制御できない技術であることにうすうす気づいてはいたが、大事故が起きるまで、そうした意見は社会を動かすだけの説得力を持ちえなかった。そして、いったん原発依存の経済メカニズムが動き出すと、多くの人の生活がそれに依存することとなり、変えようにも身動きが取れなくなっていたのだ。

東日本大震災は、そうした潜在的問題を一挙に顕在化させたのである。だから経済構造の本質に影響するほどの問題が生じたのだ。

これまでの日本の「輸出立国」は、「原子力発電は絶対安全」という神話の上に築かれたものだった。しかし、東日本大震災がその神話を崩壊させた。その結果が、「貿易赤字」という誰にもはっきり見えるかたちで示されている。日本が貿易立国できる時代は終わったのである。

円安と原子力への依存は続けられない

今にして思えば、1980年代は、世界経済の環境が日本にとってまことに好都合な時代だった。なぜなら、中国工業化の影響はいまだ顕在化せず、また、原油価格も落ち着いていたからだ。

70年代の末から99年の夏頃まで、一時的な例外はあったものの、1バレル当たりの原油価格は、20ドルを超えなかった。90年代末には10ドルに近づく場合もあった。

2000年代になって、それらの問題が顕在化した。まず、中国の工業製品が世界市場で日本製品を圧迫し始めた。そして、原油価格も上昇した(これも、中国をはじめとする新興国の工業化の結果だと考えることができる)。

しかし、これらはいずれも、隠蔽することができた。中国工業化による日本製品の優位性低下は、円安政策で日本の輸出産業の競争力を見かけ上高めることによって、そして原油価格上昇は、90年代に原子力の比重が高まっていたので隠蔽できた。

ところが、円安依存の輸出戦略は、経済危機で崩壊した。そして、原子力への依存が震災で突き崩された。円安も原子力も、日本にとっての本当の解決策ではないことがわかったのである。

したがって、今必要とされるのは、もともと潜在的には必要であった構造に日本経済を変えることだ。これまでの産業構造を維持するのでなく、それを根本から転換させることが必要だ。

エネルギー基本計画は、現在「白紙」であるとされている。仮に原子力への依存を今後低めるのであれば、エネルギー計画の枠内だけでは、その目的は達成できない。自然エネルギーの比重を高めることは必要であろうが、量的に見てそれだけでエネルギーの需給均衡を達成できるはずはない。脱原発の主張は、それを実現するための具体策を欠いているのである。

この問題は、日本経済全体の問題としてとらえるべきものだ。製造業は電力多使用産業なので、製造業の比率が低下すれば、電力需要も減る。したがって燃料輸入も減る。90年代以降、「輸出産業にとっていいことは日本にとっていいことだ」と考えられてきた。しかし、もはやそうは言えなくなる。

そして、日本国内だけの調整でこの問題を処理することは不可能である。すでに企業は、生産拠点を海外に移すことで対応を始めている。この動きを止めることはできない。日本の製造業は、国内ではなく国外で生産を行なう時代になった。

最重要の経済政策は変化を邪魔しないこと

以上の変化は、政府が主導するものではない。かなりのものは、市場価格の変化で自動的に進む。だから、それを妨げないことこそ必要だ。具体的には、企業の海外移転と円高に逆らわないことである。

円高が日本人を豊かにすることは、原油価格について、はっきりと表れている。原油価格は09年1月はじめの1バレル34ドルから11年4月末の121ドルまで、4倍近くに上昇した。しかし、日本の原油粗油の輸入単価は、この間に2.15倍にしか上昇していない。これは、円高の影響が大きい。円高になったために、日本人は世界的な石油価格高騰の影響からかなり隔離されたのである。このことは、日本ではあまり評価されていないのだが、大変重要なことだ。

今後もLNGなどの発電用燃料の輸入が増えるので、国内での価格上昇を招かないために、為替レートが円高になることが重要な意味を持つ。他方で、円安になったところで、自動車等の輸出が増えるわけではない。なぜなら、生産そのものが制約されているからだ。だから、貿易赤字の拡大を食い止めるために、円高になることが必要なのである。

海外での生産は基本的には望ましいことだが、唯一の問題は、国内の雇用を減らすことだ。すでに、失業率は上昇し始めている。新卒の就職内定率には、もっとはっきりしたかたちで表れるだろう。

だから、雇用政策は重要だ。雇用調整助成金のような受け身の弥縫策では、解決できない。また、雇用を製造業に頼り、そのために需要喚起策を行っても、供給制約下の経済では機能しない。ここにおいても、必要とされるのは政府のコントロールの強化ではなく、それを弱めることである。

量的に最大の雇用吸収力を持つのは介護分野だが、雇用を増やすには規制緩和が必要だ。質的な面で重要なのは付加価値の高いサービス産業を成長させることであり、そのために必要なのは外国人高度人材の参入に対する規制緩和である。

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