貿易赤字の定着は通念の変更を迫る

4月の貿易収支は、4637億円の赤字となった。昨年4月は7292億円の黒字だったので、1兆2000億円ほど赤字が拡大したことになる。この数字は、日本経済に大きな構造変化が生じていることをはっきりと示している。

4月の貿易収支が赤字となった主原因は、輸出の減少である。特に自動車の落ち込みが激しい。これは、言うまでもなく、東日本大震災で自動車生産のサプライチェーンが損壊して生産が減少したためだ。

生産設備は、いずれは復旧するだろう。しかし、電力のボトルネックがあるので、生産は頭打ちになる。だから、今後しばらくのあいだ、輸出が大きく増加することは期待できない。

他方で、いまだ本格的には顕在化していないが、今後の貿易収支を悪化させる要因がある。それは、原子力発電から火力発電へのシフトによって、LNGなどの発電用燃料の輸入が増加することだ。東京電力ではこれによる燃料費の増加が年間7000億円から1兆円程度に上るとしている。

他の電力会社でも同様の事態が発生するので、日本全体では輸入が年間2兆~3兆円程度増える可能性がある。

以上を考えると、貿易赤字を早期に克服するのは難しい。むしろ、貿易赤字は定着したと考えるべきだ。これは、さまざまな面において、通念の変更を迫る。

円安は貿易赤字を拡大させ企業利益を圧迫する

第1は、為替レートと貿易収支の関係だ。これまでの通念では、円安になれば貿易収支が改善する。しかし、現在のような状態だと、円安が貿易収支を拡大する可能性が高い。

今、輸出、輸入量は固定されている(あるいは、価格弾力性が非常に低い)としよう。輸出が生産制約で規定され、発電用燃料の輸入は価格いかんによらず必要とされるので、この想定は妥当なものだ。この場合、輸出入価格はドル建てで固定されているとすれば、円安によって輸出入額は同率だけ増加する。ところが、貿易収支が赤字である場合には、輸入額の増加のほうが輸出額の増加より大きい。したがって、貿易収支は悪化する。貿易収支の赤字を拡大させないためには、円高になる必要がある。

このことは、個別企業の段階でも認識できる場合がある。原材料を輸入し、製品を輸出する鉄鋼業などの場合、ドルの支払いのほうがドルの受け取りより大きくなれば、円安によって赤字が拡大する(これは、机上の空論ではなく、2008、09年頃に実際に起きたことである)。

自動車産業などのようにドルの受け取りがドルの支払いより大きい場合には、個別企業のレベルではこのことを意識しにくい。しかし、その場合においても、電力コストを考えに入れれば、これが認識されるはずである。なぜなら、円安になるほど燃料輸入額が上昇し、したがって電力コストが上がるからだ。その結果として、利益が減ることがありうる。

実際、「日本全体で円安が貿易赤字を拡大する」ということは、個別企業の段階でも、全体としては円安で利益が減ることを意味しているのだ。

これまでの日本の株式市場では、円高になると株価が下がり、円安になると株価が上昇した。それは、企業利益が円高で減り、円安で増大すると考えられたためだ。確かに、貿易収支が黒字の場合には、そうなる。しかし、貿易収支が赤字で輸出入の価格弾力性が低い場合には、それが逆になるのである。このことは、ただちには認識されないかもしれない。しかし、貿易赤字が継続すれば、徐々に認識されるようになるだろう。

このことは、経済政策に関しても、重大な通念の変更を迫る。これまでの日本では、金融緩和をすれば円安になり、これが企業の利益を全体として増やすと考えられたので、歓迎された。しかし、今後は、それが逆になる。金融緩和が円安をもたらすことはこれまでと同じだが、それは、企業の利益を増やすのでなく、減らすのである。

震災直後に円高が生じたとき、日本政府は為替市場に介入して阻止した。しかし、上述のことを考えれば、これは自分の首を絞める行為であったことになる。

必要な電力の確保でなく脱工業化で需要を減らす

変更すべきもう1つの通念は、「産業構造を所与として、必要な電力を確保する」という考えだ。

火力シフトが必要になり燃料の輸入額が増えるのは、現在の産業構造を維持したまま、必要な電力を供給しようとするからだ。しかし、そうすれば、上で見たように貿易赤字が拡大する。また、火力シフトによる電力コスト上昇は、企業の利益を圧迫する。

今後の日本で必要とされるのは、「産業構造を変えて、必要とされる電力需要を抑制する」という発想に転換することだ。

菅直人首相は、5月10日、「エネルギー基本計画は白紙だ」とした。白紙の状態で考えるべき重要な問題は、産業構造を維持したまま、原子力から火力や自然エネルギーにシフトすることではない。産業構造の転換を図ることだ。

これまでのエネルギー基本計画の基本的な発想は、現在の産業構造を維持し、電力需要が今後も増えることを前提とし、供給をそれに合わせることだった。つまり、「需要を所与として、供給を合わせる」という発想だ。しかし、こうした受け身の発想からは脱却すべきである。

製造業は電力多使用産業である。国民経済計算付表の「経済活動別財貨・サービス投入表」(U表)を用いて、1単位の付加価値(雇用者報酬と営業余剰)に要する電気・ガス・水道・投入について製造業と金融・保険業を比べると、前者は後者の10.4倍である。したがって、「産業構造を変えて電力需要を抑制する」とは、製造業の比率を低め、その代わりに金融業のような生産性の高いサービス産業の比率を高めることである。「脱原発」と言われるが、脱工業化なしの脱原発はありえないのだ。

このようなことを1年前に言ったなら、「ギリシャ神話のプロクルテス(客の身長がベッドより長ければ足を切った宿の主人)のように愚かな考えだ」と批判されたことだろう。

しかし、福島原発事故でわかったのは、身長に合わせてベッドを長くするためのコスト(産業構造に合わせて必要な電力を供給するコスト)は、途方もなく高いということだ。

今後の電力コストに含めて考えるべきものとして、火力発電の燃料費だけでなく、福島原発の収束と廃炉に向けてのコストと賠償がある。これらは、事故によって結果的に生じたものだから、電力コストに含めるべきでないという意見があるかもしれない。

しかし、原子力発電の費用は潜在的には高かったのを、これから後払いで清算するのだと考えるべきだろう。地震や津波の危険がある国での原子力発電のコストは、本当は非常に高いものだったのだ。

「日本のモノづくりが強い」と言われたが、それは、原子力発電の本来のコストを顕在化させず、安いコストで使用していたからだ。そのため、日本の製造業は、実力以上の価格競争力を持ったのだ。つまり、これまでの貿易立国は、原子力発電という踏み台に乗ったものだった。

それに気づいた今、無理してベッドを長くすることはやめにして、膝を曲げてベッドに合わせる努力をすべきだろう。

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