電力供給のリスクが海外移転を進める

中部電力浜岡発電所の全面停止が決まった。これによって、中部地方の電力事情は一挙に悪化した。これまでは、東日本に限定されると考えられていた電力不足は、より大きな広がりを持つ問題になった。現在停止中や定期点検中の原発の運転再開もどうなるかわからない。

他方、東京電力の供給見通しも大きく変動している。3月25日には、今夏の供給能力は4650万キロワット程度にとどまるとしていた。これに基づいて、夏の電力需要を25%カットする計画が政府によって考えられていた。ところが、4月15日には、7月末に5200万キロワット、8月末に5070万キロワット程度と修正した。4月20日に東京電力の藤本孝副社長は、夏の電力供給を最大5500万キロワット程度に引き上げると表明した。さらに5月13日には、8月末に5620万キロワットになるとした。わずかひと月足らずのあいだに1000万キロワットも変動するのでは、どの数字を信じてよいのか、途方に暮れる。

電力供給は、今後の日本経済の動向を決める最重要の要因である。その見通しがこのように不安定に変動しているので、日本経済の今後の見通しがつかなくなってしまった。

電力供給の見通しは平時においても重要だが、今は格別重要だ。なぜなら、秋から復興投資が生じると考えられるが、それに見合って生産を拡大できるかどうかは、今後の電力供給にかかっているからだ。復興投資需要を受け入れるだけの電力供給を実現できれば、経済は拡大する。しかし、実現できなければ、復興投資はクラウデンィグアウトを引き起こし、金利を上昇させる。このいずれになるかは、今後の日本経済に質的にも大きな違いをもたらすのだが、その見通しの基礎になるデータがまったくあやふやなのだ。

中期的にも電力事情は不確実だ。菅直人首相は、5月10日、「エネルギー長期計画は白紙」と述べた。これは、「日本経済は、今後どうなるかわかりません」と言っているようなものだ。

リスク(不確実性)が大きい場合に、期待値だけでは、行動の指針にはならない。期待値からのずれも示す必要がある。例えば、「xキロワットになる可能性がp%あり、yキロワットになる可能性がq%ある」というかたちで示さなければならない。

東京電力が見通しを引き上げた要因は、1つには揚水発電であり、いま1つは企業の自家発電の余剰電力購入だ。これらの要因は、3月時点でもわかっていたはずである。だから、確実ではないにしても、可能性があることは、3月の時点で示すべきだった。このように小出しにされると、「点検中原子炉の運転再開のために意図的に過小見通しを公表していたのではないか」と勘ぐりたくなる。

リスク対処手段としての海外移転は、合理的

電力の見通しはさまざまの重要な決定に影響するが、その1つとして、企業が生産拠点を海外に移すかどうかの決定がある。

生産拠点の海外移転は、2010年の秋から加速しつつあった。このときの主たる要因は円高であった。そのときに比べて、為替レートは円安にはなっていないので、この理由による海外移転は今後も続く。それに加え、今後は電力使用コストが上昇する。火力発電比率の上昇によって、日本の電力使用コストが上昇することは、ほぼ確実である。日本の電気料金はアメリカの2倍程度と、これまでも高かった。今後それがさらに高まるとなれば、電力多使用産業である製造業の国際競争力はさらに低下する。

それに加えて、先に述べた不確実性の高まりがある。事態が不確実である場合に対処するには、2つの原則がある。第1は分散投資、そして第2は、期待値に対応するのではなく、状況が悪化した場合をより重視して対応することだ(もう1つは、「リアルオプション」の理論に従って、実物的なオプションを持つことである。これに関する議論は、ここでは省略する)。

立地点の選択について言えば、生産拠点を国内だけに置くのではなく、また海外に置くにしても1カ所に集中するのではなく、さまざまな地点に分散することだ。生産方式がこれまでの垂直統合方式から水平分業方式に転換すれば、立地分散化は生産の効率を下げることにはならない。また、水平分業かそのものが、「分散化」の観点から重要な意味を持つ。垂直統合的なサプライチェーンは、リスクに対して非常に脆弱であることが、東日本大震災で明らかにされた。

そして、電力供給が期待値どおりの場合に対応するのではなく、それより悪くなった場合にも大きな問題が生じないように対応することである。それは、期待値どおりの場合よりもさらに海外移転を進めるべきことを意味する。

これこそが、東日本大震災で生じた経済条件の変化に対する合理的な対応だ。逆に言えば、現在の状況下でなおかつ国内生産に固執する企業は、今後業績が悪化するだろう。

電力問題は、国内だけでは解決できない

日本経済全体の立場から見ても、国内生産に固執すべきではない。電力問題について最も重要なポイントは、「日本国内だけで、あるいは電力という問題の枠内だけで解決しようとしても、できない」ということなのである。

生産拠点の海外移転はさまざまな意味を持つが、電力に関して言えば、「われわれが使う製品を、日本国内の電気を用いて作るのではなく、海外の電気を用いて作る」ということである。右に述べた電力コストの上昇と量的な不確実性に対する最も合理的な解決法が、これだ。

ところで、こうした生産方式は、かなり以前から進展している。家庭電化製品、衣料、食品、化粧品などについては、OEM(発注企業のブランドで販売される製品を、現地の企業が製造する方式)が、すでに一般的なものとなっている。自動車についても、「タイで生産した日産マーチを日本に輸入する」という方式が10年7月から始まっている。国内サプライチェーンの破損で国産車の生産が激減し、注文に応じられない事態が発生しているなかで、マーチのみが順調に対応している。生産拠点の海外移転は、これまで生産コストの「期待値」を低下させるという観点から行なわれてきた。マーチの例は、海外生産が「不確実性に対応するための分散化」の観点から重要な意味を持つことを示した。

言うまでもないことであるが、生産拠点が海外に移転すれば、国内の雇用が失われる。雇用の確保は、今後の日本での最重要の政策課題の1つだ。問題は、「なぜ従来型の産業構造での雇用を維持しようとするのか?」である。

電力不足も供給の不確実性も、コストの上昇も、製造業という産業に相対的に不利に働いている問題なのである。だから、製造業に代わる新しい産業を日本の国内に興し、それによって雇用を創出することが必要なのだ。

アメリカ経済は、1990年代からそうした産業構造に移行した。イギリスは、もっと徹底してそうなった。21世紀においては、そうした転換を実現できた国のみが先進国として生き残れるのである。

「復旧でなく復興が必要」と誰もが言う。まったくそのとおりである。その最重要のポイントは、従来と同じ産業構造を復旧するのでなく、新しい産業構造をつくることだ。

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