サブプライム問題で露呈した日本の問題

円高が進行し、株価の下落が続いている。円高で輸出企業の売上が減少し、収益が悪化すると見られているからだ。

これは日本の製造業が、価格を主たる競争力とする状態から抜け出していないことを示している。つまり、ここ数年の日本企業の利益増加と景気回復は円安によるものであったことが、あらためてあからさまにされたことになる。

日本の製造業の体質が改善され、真の競争力を獲得していたのであれば(特に、他社製品との差別化により付加価値を高める「非価格競争力」を獲得していたのであれば)、円安に依存しなくとも収益が上がるはずだ。だから、仮に円高が進んだとしても、株価がこれほど下落するような事態にはならなかったはずである。

8月以降、急激な円高が進んだといっても、長期的に見て現在の為替相場が格別円高であるとは言えない。むしろ、ここ数年、顕著な円安が進んでいたのである。

主な貿易相手国通貨の為替レートを貿易額で重み付けして算出した実質実効為替レートで見ると、2007年6月には、プラザ合意当時の1985年9月の水準を22年ぶりに下回る水準になっていた。

円安で収益が増えただけの日本の輸出産業

サブプライムショックでもたらされたのは、久しぶりの円高だ。この程度の円高で株価が崩壊してしまうのは、日本の産業構造が従来のパターンから変わっていないためだ。

そして、円安のコストは、日本国民が払ってきたのである。最近、ヨーロッパを旅行した人は、ホテル代や買い物代が異常に高いので驚いたに違いない。ユーロは、2000年の最安値(1ユーロ=約89円)から約2倍に値上がりしているから、このように感じるのは当然のことだ。日本国内にいても、欧州のブランド品や自動車、ワインなどが高くなっているのを感じる。

ところが、こうしたコストは、一般には意識されにくい。したがって、円安政策に対する批判は起こらない。今回の円高・株安によって、さらに円安を求める声が強くなるだろう。為替レートは、日本経済の最も基本的な問題であるはずだが、政治的な争点にはならない。この点に関しては、自民党も民主党もまったく変わりがない。

それだからこそ、これまで10年以上にわたって、輸出産業のために円安政策が続けられてきたのである。しかし、その結果、円キャリートレイドという投機的な取引が大規模に発生した。そのため、欧米の金利が下がると今回のように為替レートに大きな影響が及び、それが株価や景気を頓挫させる。日本経済は、まことに脆弱な基盤の上に立っていると考えざるをえない。

90年代以降の世界経済の大変化を考えれば、いつまでもこうした状況を続けることはできない。われわれは、日本経済の基本的構造について、真剣に考えるべき段階にきている。

特に重要なのは、従来型の製造業から脱却することだ。ここで注意すべきは、これは、必ずしも「ものづくり」そのものを全面的に否定するのではないことである。

実際、「ものづくり」とひとくくりにするのは、大ざっぱ過ぎる。90年代以降生じた世界経済の条件変化は、製造業をめぐる条件を大きく変えた。重要なのは、日本の製造業がその変化に適合したか否かだ。

条件変化としては、次の2つが重要である。第1に、冷戦の終結によって、従来は社会主義経済圏に閉じ込められていた労働力が、世界規模の市場経済に取り込まれることとなった。このため、労働集約的な製造業はもちろん、製造業全般にわたって20世紀型の産業大国の比較優位が大きく低下した(製造業は金融業などに比べて、労働力を多用する産業であるためだ)。

第2に、ITという新しい技術が製造業の性質を大きく変えた。ITの活用が製品価値を高めるケースが生まれた(アップルのiPodはその典型である)。また、通信コストの低下により、企業内分業(垂直分業)に比べて、市場を通じる分業(水平分業)が有利になった。こうした変化に適切に対応したかどうかが重要なのである。

日本の製造業の大部分は古い姿のままだが、ITを活用した新しいものづくりに成功している企業は存在する。たとえば、コマツでは、製品にGPSを搭載し、機械の稼働状況などの情報を工場や販売代理店などで入手できるシステムを構築した(「コムトラックス」と呼ばれている)。これにより、トラブルを未然に防止したり、故障に迅速に対応したりすることが可能になったと言われる。さらに、このシステムを通じて集められたデータが、製品の開発に反映されている。

建設機械でのコマツのシェアは、世界でキャタピラー社に次ぐ第2位だが、アメリカを除く地域でのブランと力はキャタピラーより高いと言われる。日本経済新聞社の06年度「優れた会社ランキング」では、トヨタ自動車、キヤノンを抜いて1位になった。これは、ITの活用が製品価値を高めた例といえる。

このように、個別技術での進展は見られる。しかし、製造業全体としての水平分業への移行は、日本ではなかなか進まない。

垂直分業に固執する日本の製造業

西岡幸一氏は、9月3日付「日本経済新聞」で、垂直統合型のシャープ亀山工場と水平分業型のアップルを比較している。シャープは、製造技術やノウハウが漏れないよう、工場の様子をすべて秘密にし、オペレータの動きなどを監視カメラでチェックしている。これに対して、アップルは、製品コンセプトや設計は行なうものの、製造は100%専門のEMS(受託製造者)に任せる。

iPodの場合、製品価格299ドルのうち、EMSのコストは144ドルで、アップルと流通業者の取り分が155ドルにもなる。どちらが有利かは、従業員1人当たりの株式時価総額を比較すると明らかだ(シャープ4300万円に対して、アップルは422万ドルと、ほぼ10倍になっている)。

日本には、垂直分業の企業が多い。自動車生産は原理的には水平分業に移行しうるが、部品の互換性がないため、実現しない。日本の自動車会社が強いのは、このためだ。ディジタルカメラも本来は水平分業に進みうるが、キヤノンは典型的な垂直分業である。

比較優位の観点から考えても、選択と集中が有利だ。垂直分業を中心とする日本企業の強さがどこまで続くかは、疑問である。自動車でさえ水平分業に移行するかもしれない。

また、水平分業に移行できないと、ベンチャー企業の新規参入の機会も狭められる。新日本製鐵の「ハイテン」(高張力鋼板)も、新日鉄内に限定された秘密技術だ。それゆえ、買収にきわめて神経質になっている。また、それによる利益は新日鉄にとどまって、日本経済全体に及ばない。

製造業が水平分業に移行すると、規模があまり大きくなく、選択と集中に成功した企業が強くなる。個々の企業は単一生産物に特化するため、リスクが高まる。しかし、日本社会では、そうした産業構造にはなかなか移行できない。

水平分業化を進めて従来タイプの「ものづくり」から脱却するためには、「企業一家主義」という日本社会の特質を打破しなければならない。それはきわめて難しい課題だが、それをできるか否かが日本の将来を決めるだろう。

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