高まる不確実性と為替レートの大変動

大震災後、為替レートがきわめて大きく変動した。

直後に海外市場で急激な円高が進み、東京市場でも3月16日に78.1円になった。ところが、18日の介入を契機に円安に転じ、その後さらに円安が進んだ。4月6日には85円台となっている。これは、震災直前の水準より円安だ。中期的に見ても、2010年夏以来の円安である。

最初の円高は、震災によって日本の資金需要が増え、円資金が必要になるとの思惑による。かなりの投機的取引もあったろう。

円安に転じるきっかけは協調介入だが、日本の介入額は6925億円と、それほど多くない(10年9月の介入では、2兆1249億円)。その後も円安が進んだのは、欧米の金融緩和が終了するとの見通しが広がったためだ。これに伴って、株価も持ち直した。

この動きは、阪神・淡路大震災後の動きと似ている。震災前に1ドル=100円程度であったものが、震災後円高が進み、4~7月頃は80円台となった。しかし、その後円安に転じ、1998年の140円台までほぼ傾向的に円安が進行した。

これは、介入が行なわれ、また日本の金利が低下していたために海外との金利差が拡大し、円キャリー取引が誘発されたからであろう。

では、今後、そのときと同じように円安が進行するのだろうか? そうはならないと考えられる。なぜなら、背後の経済的条件には、当時と現在で大きな違いがあるからだ。

第一に、現在の海外との金利差は、当時ほど大きくない。欧米の金利が今後上昇するとしても、円キャリーを引き起こすほどの金利差にはならないと考えられる。しかも、阪神・淡路大震災時には、日本の金利は90年代初めからの大幅な金利低下期にあったのだが、今はこれ以上低下しようがないほど低くなっている。

いま1つの大きな違いは、マクロ的な資金需要だ。90年代には、貯蓄率は高かった(国民経済計算ベースでの家計貯蓄率は、96年度には10.3%)。また、国債発行も多くなかった。このため、復興に要する投資を国内の貯蓄で賄うことができた。そして、金利の上昇という事態を招かなかった。

しかし、前回述べたように、現在の日本の貯蓄率はそのときに比べて大きく低下している。また、国債発行も巨額である。したがって、復興資金の増加は資金市場でクラウディングアウトを引き起こし、金利が上昇する可能性が高い。

日本の対外資産の取り崩し、または日本の対外投資の現象も起こるだろう。したがって、ここ数年のレンジで見れば、円高が進む可能性が高い。

貿易取引でなく資本取引で動く為替レート

ここで重要なのは、為替レートは、経常収支の変化によってはあまり影響されず、資本収支の変化によって大きく変動するということである。

今回の大震災は、明らかに日本の経常収支黒字を縮小する方向に作用している。国内での生産が不利になり、また、電力制約によって量的にも生産を拡大できない。だから、輸入が増えて輸出が減る。仮に、80年代までのように資本取引が自由化されていなければ、これによって円に対する需要が減少するので、円安になるはずだ。

しかし、資本取引が自由化され、巨額の資本取引が行なわれている現在では、こうした要因より、資本取引の動向のほうが為替レートに遥かに大きな影響を与える。だから、日本の経常収支黒字が今後縮小するといっても、円安になるとは限らないのである。

これと同じことが、07年夏以降の金融危機の際にも生じた。金融危機によって、最初はアメリカでの自動車の売り上げが急減し、08年9月のリーマンショック後は、日本の輸出が全般的に急減した。このため経常収支黒字は急減し、09年1月には赤字になった。仮に経常収支の動向で為替レートが決まるのであれば、円安が進むはずである。

しかし、実際には、急激な円高が進行した(07年夏の1ドル=120円台から、07年末の100円台、08年末の90円台まで)。これは、円キャリー取引の巻き戻しが生じたからだ(03年の為替介入に触発されて円を借りてドルに投資する円キャリー取引が急増し、円安が進んだ。しかし、金融危機によって証券化商品に対する投資が破綻し、ドルを円に戻す「巻き戻し」が急激に進んだ)。

このように、現在の経済で為替レートに大きな影響を与えているのは、資本取引である。しかも、長期的な見通しに立った長期投資ではなく、短期的な資本移動である。これは、短期的な変動と、その予測に大きく影響される。

短期的な資本移動に最も強く影響するのは、金利差である。阪神・淡路大震災のときもそうだったし、金融危機前後でもそうだった。今回もそうである。

ただし、現実の金利差に反応しているのでなく、今後の金利差がどうなるかという予測に反応している。したがって、その動きは単純ではない。

ボラティリティの高まりが震災後の日本経済の課題

今後の実物面の動きは、かなり正確に予測できる。とりわけ、次の2点はほぼ確実だ。

第一に、夏頃から復興投資が増える。そのため、資金需要が増える。第二に、夏に電力事情が厳しくなる。これは短期には解決できず、長期的に続く。

ただし、実物面にも不確実性がある。とりわけ、原発被害の広がりと事故収束の見極めがつかない。また、既存原発や新設原発がどうなるかも、現時点ではまったくわからない。生産拠点の海外移転は継続するだろうが、どの程度加速するかはわからない。

不確実性がもっと大きいのは、価格の反応だ。資金需要が増えれば、金利が上がるだろう。また、金利が上がれば円高になるだろう。

ただし、価格は将来の変化を先取りするので、事態が複雑になるのだ。将来価格が上がると予測されれば、今の価格が上がってしまうのである。これが、「市場の効率性」と呼ばれる現象である。

仮に市場が完全に効率的なら、今予測できる要因はすべて現在の価格に反映されてしまい、将来の動きは現在では予測できない要因によってしか影響されないことになる。為替市場はかなり効率性が高い市場なので、「予測」が本質的に重要な要因になる。

しかも、今後の変化は、ある一定方向への動きではなく、方向性の異なるものだ。長期的には日本経済が弱まり、円安になってゆくとしても、「日本売りで円安になる」というような単純なことにはならない。その前に日本国内の資金需要が増えるから、円高になる(しかし、復興が終われば資金需要が減る)、その前には、欧米の金利が上がるから円安になる。

このように、円安要因と円高要因が交互に現れる。つまり、次々に波が来るようなものだ。しかも、そのタイミングがはっきりとはわからない。それが事態をさらに複雑化する。

短期的な資本移動は、短期的な変動で利益を得ようとするから、波乗りをする。つまり投資の方向が大きく揺れるのだ。それが為替レートの変動をさらに大きくする。こうして、ボラティリティが高まる。それが実物経済にも影響を与える。

震災後の日本経済の大きな特徴は、ボラティリティが高まったことだ。それにどう取り組むかが重要な課題である。

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